第三十四話
「知りたいことは、知れたか?」
ユエリーの問いは短い。
ミアは小さく頷いた。
それで十分だった。
それ以上の言葉は求められないし、求める必要もない。
「ならばもう寝るぞ。こんなに冷えて」
次の瞬間には、身体がふわりと浮いていた。
抗議する間もなく抱き上げられ、そのまま寝台へと運ばれる。
慣れた動き。
逃れようとも思わない。
確かに、指先は冷えていた。
布団の上に降ろされると同時に、その手を取られる。
大きな掌。
硬い感触。
かつてよりも明らかに変わった手。
剣を握るようになった年月が、そのまま刻まれている。
その手が、ミアの指先を包み込む。
ゆっくりと、擦るように温度を伝えてくる。
血が巡るのを確かめるように。
何も言わず、ただ繰り返す。
ミアはそれをじっと見ていた。
やがて、視線が止まる。
手首。
そこにある印。
ユエリーの紋。
彼の視線も、同じ場所に落ちる。
一瞬の静止。
そのあと、指先がわずかに強く触れた。
確かめるように。
なぞるように。
そして――
そこへ、口付けが落ちる。
触れたのはほんの一瞬。
だが、確かに残る温度。
ミアの呼吸が、わずかに揺れる。
顔を上げると、至近にユエリーの瞳があった。
紅玉と青玉。
その奥に、わずかな熱が灯っている。
距離が、さらに縮まる。
ミアはその瞳を見返した。離れようと思えば離れられた。けれど、動かなかった。
唇が、そっと触れる。
ほんの、触れるだけ。
深くはない。
唇への口付けは初めてだった。
すぐに離れる。
何事もなかったかのように。
けれど、確実に何かが変わっている。
「……眠るぞ」
いつもと同じ声音。
変わらない言葉。
そのまま腕が回され、そっと抱き寄せられる感触も、これまでと同じはずなのに。
どこか違う。
ほんのわずかに。
言葉にできない程度の変化。
ミアは何も言わなかった。
ただ、そのまま目を閉じる。
規則正しい鼓動と、確かな体温に包まれながら。
二人の距離は、静かにひとつ分だけ、近づいていた。




