↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星眼の魔女 第二部  作者: しろ
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
164/180

第三十二話

「……また着てる」


戻ってきたミアを見て、ユエリーは眉をひそめた。


湯気の余韻がまだ残る室内で、白い旅装束だけが妙に現実的に整っている。ほどいたはずの結び目はすでに元通り、隙のないかたちで彼女の身体を包んでいた。


「当然でしょう?」


ミアは髪先の水気を払いつつ、何でもないことのように言う。


「お風呂先にありがとう。お次どうぞ」


手で浴室の方を示す。その仕草は気安く、いつもの調子そのままだった。


ユエリーは一瞬だけ言葉を失う。


納得していないのは明らかだったが、強く言い返すでもない。ただその不満が、視線のわずかな鋭さに滲む。


ミアはそれを受け止めながらも、あえて触れなかった。


便利なのだ。


それなりに手入れをすれば清潔は保てるし、着替えの手間も省ける。この装束は守りであり、同時に効率でもある。そこに余計な感情を差し挟む理由はない。


ユエリーは小さく息を吐き、やがて踵を返した。


浴室の扉が閉まる。


静寂が戻る。


ミアはその場に立ったまま、ほんのわずかに気を緩めた。


それから机に向かい、時の聖典を取り出す。


表紙に触れると、ひやりとした感触が指先に残る。


開く。


意識を向ける。


アルヴェリオ。


その名を思い浮かべた瞬間、ページの上に淡く文字が浮かび上がる。


風の都エアリアルを治める家門。

シルフィードの名。

精霊と共にあるという思想。


断片的な情報が、流れるように連なっていく。


読み進めるうちに、ただの統治者ではないことがはっきりしてくる。


精霊との均衡を守ることを、家門の務めとして掲げている。


街そのものが、風と人と精霊のあいだに成り立つ微妙な釣り合いの上に築かれている。


そして――その中心にいるのが、あの男。

ミアはページをめくる手を止めた。


思い返す。

晩餐でのやり取り。


言葉の選び方。沈黙の置き方。視線の運び方。


あれは偶然ではない。

すべて意図されたもの。

測られていた。

そして同時に、試されてもいた。


「……厄介だな」


小さく呟く。


けれど、その声音に重さはない。

むしろ、わずかに思考が澄んでいく感覚があった。

知らなければ対処できない。

知れば、選べる。


そのための準備として、この時間は無駄ではない。

再び視線を落とし、聖典を読み進める。


外では風が鳴っている。


この街の中心で、誰にも知られず、もう一つの流れが静かに動き始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。