第三十一話
認識阻害ローブを外し、貞操死守装束の結び目に指をかける。
ニチカが贈って寄越したそれは、一見すればただの装束にしか見えないのに、触れれば分かる。順序を違えれば解けない、意志を持つかのような構造。
ひとつ、またひとつ。
記憶を辿るように、感覚に従ってほどいていく。
やがて――す、と力が抜けた。
布が従順にほどけ、身体を滑り落ちていく。
スルスル、と衣擦れの音だけが静かに響いた。
足元に重なったそれを見下ろして、ミアは小さく息を吐く。
「……はあ」
久しぶりの解放感だった。
守られている安心と引き換えに、常にどこかで縛られている感覚。それがふっと消えるだけで、身体が軽くなる。
浴室の扉はしっかりと鍵をかけてある。
念のために、もう一度だけ視線を向けて確認する。
問題ない。
誰も入ってこない。
ようやく完全に気を抜くことができる。
湯気が立ち込める中へと足を踏み入れる。
石の床はわずかに温かく、すでに湯が張られている浴槽からは柔らかな熱気が立ち上っていた。
「……いいお風呂」
小さく呟く。
足先から、そっと湯に触れる。
ちゃぷ、と水音。
じんわりと広がる熱が、冷えていた身体を包み込む。
ゆっくりと、沈む。
膝まで、腰まで、そして肩まで。
全身が湯に浸かった瞬間、思わず息が漏れた。
「……ふぅ」
力が抜ける。
張り詰めていたものが、内側からほどけていくような感覚。
今日一日の出来事が、湯の中に溶けていく。
広場の熱気。
歌った余韻。
領主の視線。
すべてが遠のいていく。
静かに目を閉じる。
耳に届くのは、わずかな水音と、自分の呼吸だけ。
「……あの人、やっぱり只者じゃないな」
ぽつりと零す。
アルヴェリオの言葉。視線。間の取り方。
思い返すほどに、単なる好奇心では済まされないものを感じる。
けれど――
「……まあ、いいか」
今は考えすぎない。
そう決めるように、肩まで深く沈む。
湯が優しく包み込む。
ここだけは、誰にも邪魔されない時間だった。




