第三十話
扉が閉まった瞬間、張り詰めていた空気がふっとほどけた。
静寂が落ちる。
広すぎる部屋の中で、その静けさはやけに現実味があった。
「……いや、勘弁してよユエリー」
ミアはこめかみに手を当て、そのまま力が抜けたようにその場に崩れ落ちる。
「さすがにあの人の前で変なワガママ言わないで」
抑えていたものが一気に抜けた声だった。
取り繕う必要のない場所に戻った、という実感がようやく追いつく。
ユエリーはそんな様子を気にも留めず、部屋の中を一瞥した。
視線は素早く、だが確実に。
出入口、窓、死角。
安全を確認する癖は抜けていない。
「食えない男だな、あやつは」
短く吐き捨てる。
感情は抑えられているが、不快感は隠していない。
ミアは床に座り込んだまま、小さくため息をついた。
「まあね……」
否定はしない。
むしろ同意に近い。
だが、それ以上は言わない。
言葉にしなくても、分かっていることが多すぎるからだ。
しばらくの沈黙。
その後、ユエリーがふと視線を動かした。
「……それより」
少しだけ声の調子が変わる。
「風呂もあるぞ」
事実の提示。
だが、その次に続く言葉は予想できた。
「一緒に――」
「入らない」
即答だった。
間髪入れない拒否。
ミアは顔も上げずに言い切る。
「ひとりで入る」
断固。
ユエリーの言葉を最後まで聞く必要もないという判断。
一瞬の沈黙。
それから、ユエリーはわずかに眉を寄せた。
「……そうか」
不満はある。
だが、それ以上は押さない。
このやり取りも、もう何度も繰り返してきたものだ。
ミアはそのままごろりと横になり、天井を見上げた。
白いローブのまま、深く息を吐く。
広場での熱気。領主との会話。張り詰めた晩餐。
それらが一気にほどけていく。
「……疲れた」
ぽつりと零れる。
ユエリーはそれを聞いて、ほんの少しだけ視線を和らげた。
「無理もない」
短く返す。
ミアは目を閉じる。
ほんの少しだけ、安心する。
いつものやり取り。いつもの距離。
それが、ここでも変わらない。
それだけで、十分だった。




