第二十九話
晩餐の余韻を残したまま、二人は館の奥へと案内された。
廊下は静かで、足音だけが規則正しく響く。広場の喧騒も、食卓の気配も、ここには届かない。ただ整えられた空間と、均質な空気だけが続いている。
「今夜の部屋を用意してある」
アルヴェリオは振り返らずにそう告げた。
案内された先には、二つの扉。
それぞれ独立した客室。
当然の配慮だった。
だが――
「同室で構わぬ」
間を置かず、ユエリーが言い切った。
声音に迷いはない。
提案ではなく、決定。
使用人がわずかに動きを止める。
空気がほんの一瞬だけ揺れる。
ミアが何か言うよりも先に、その意思は明確に示されていた。
ユエリーは視線を動かさない。
ただ前を見据えたまま、続ける。
「主は、私が守る」
それだけ。
説明も、取り繕いもない。
しかし、その一言に込められた圧は十分だった。
譲らない。
その意思が、静かに場に落ちる。
ミアは小さく息を吐いた。
予想通り。
この流れになることは、最初から分かっていた。
だからこそ、口を挟まない。
無理に否定しても、余計に面倒になるだけだと理解している。
アルヴェリオはそのやり取りを、興味深そうに見ていた。
視線が、わずかにユエリーへと向く。
測るように。
そして、ほんの一瞬だけ沈黙。
次に浮かんだのは、柔らかな笑みだった。
「なるほど」
否定しない。
むしろ、そのまま受け入れる。
「では、こちらを」
示されたのは、さらに奥の扉。
開かれる。
中は広かった。ゆったりとした寝台と、余裕を持って置かれた調度が目に入る。
無駄のない、しかし明らかに格の違う設え。
夫婦用の一室。
その意味は、誰の目にも明らかだった。
ミアは一瞬だけ足を止める。
レースの奥で、ほんのわずかに思考が巡る。
――ここで否定しても、得はない。
そう判断して、何も言わずに一歩を踏み入れる。
ユエリーは当然のように後に続く。
アルヴェリオはその様子を見届けてから、軽く頷いた。
「ゆっくり休むといい」
それだけを告げる。
余計な詮索はしない。
だが、すべてを見ているような距離感。
扉が静かに閉じられる。
外の気配が、完全に遮断される。
部屋に残るのは、二人だけ。
広すぎる空間に、静けさが落ちる。
その中で――ユエリーは、何も言わずにミアの隣へと歩み寄った。
距離を詰めるのは、いつものことのように。
迷いはない。
この空間でも、変わらない。
ただ一つだけ、違うのは。
ここが、他者の領域の中にあるということだった。




