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星眼の魔女 第二部  作者: しろ
第二章

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第二十七話

貴賓室に通された空気は、広場のそれとはまるで別物だった。


扉が閉まる音が、やけに遠く感じられる。外の喧騒も、風のざわめきも、厚い壁に遮られてわずかな残響としてしか届かない。ここは切り離された空間――意図的に対話のために整えられた場所だと、肌で分かる。


長い卓の上には、すでに料理が並んでいる。


温度も香りも、すべてが最適な状態で待っている。


人をもてなすためというよりも、場を成立させるために整えられた配置。


ミアはその全体を一瞥し、すぐに視線を落とした。


見過ぎない。悟らせない。


領主は、ゆるやかな所作で席へと歩み、自然な流れで上座に着く。その動きには一切の無駄がなく、誰が主であるかを改めて示す必要すらない。


「どうぞ。私の名はアルヴェリオといいます。若輩ながらこの街の領主です」


穏やかな声。

それだけで、座るべき場所は明確になる。


ミアは一拍だけ間を置き、

「私はミアです。こちらは護衛のユエリー」

と自己紹介し、静かに席へと着いた。

ユエリーもまた、その隣に座る。


背筋は伸び、視線は低く抑えられているが、緊張は一切緩んでいない。


食事が始まる。


銀器が触れるかすかな音。皿が運ばれる規則正しい気配。


会話はすぐには始まらない。


まずは間。


相手の呼吸を測る時間。

やがて、アルヴェリオが口を開いた。


「風は、よく応えていました」


先程と同じ言葉。

だが今度は、確認ではなく前提として置かれる。


ミアは顔を上げない。


「この街の風が、豊かだからです」


同じ返し。

だが、意味は違う。


踏み込ませないための線。

アルヴェリオは小さく笑った。


「謙遜が過ぎる」


否定。

そして間を置かず、続ける。


「精霊が応じるというのは、そう簡単なことではない」


言い切る。

知っている者の言葉。


ミアの指先が、ほんのわずかに止まる。

だがすぐに動き出す。


「……詳しいのですね」


探るようでいて、問いではない言い方。

アルヴェリオは杯を軽く傾けた。


「この街で生きる以上、無関心ではいられない」


事実だけを置く。

そして、視線がわずかに動く。


レースの奥。


見えないはずの中身を測るように。


「君は、どこでそれを学んだ?」


核心に近い。

だが、まだ踏み込みすぎない位置。


ミアはゆっくりとナイフを置いた。

音を立てないように。


「旅の途中で、いろいろと」


曖昧に濁す。

アルヴェリオはそれ以上追わない。


代わりに、少しだけ話題をずらす。


「この街を、どう見る?」


問いが変わる。

試されているのは、知識ではなく視点。


ミアはわずかに考えた。

そして、答える。


「お行儀のよい風の吹く街、だと思います」


短い。

だが十分。


アルヴェリオの目が、ほんのわずかに細められる。


「……面白い表現だ」


評価とも、興味とも取れる声音。

沈黙が落ちる。

だが、それは重くはない。


次の言葉を待つための、意図的な空白。


その時、

「主」

ユエリーが、低く一言だけ発した。


視線は動かさないまま。

だがその声には、わずかな警戒が滲んでいる。


ミアはそれを受けて、ほんの一瞬だけ呼吸を整えた。

そして、顔を上げる。

レースの奥から、まっすぐに。


「領主さまは――精霊を、どうお考えですか?」


今度は、こちらから。

場に落とす。

ただの会話ではない。


思想の端を、探る問い。

アルヴェリオは、即答しなかった。

杯を置き、指先を軽く組む。


そして、ゆっくりと口を開く。


「共にあるものだ」


簡潔だが、その一言に迷いはない。


「支配するものでも、従うものでもない」


静かな断定。

ミアの胸の奥で、何かが小さく鳴る。


同時に――この男は、簡単ではないと理解する。


アルヴェリオは続けた。


「だからこそ、均衡が崩れることを恐れる者もいる」


視線が、わずかに深くなる。


「君のような存在は、特にね」


空気が、わずかに張る。

名指しではない。

だが、明確に指している。


ミアは沈黙した。


否定もしない。

肯定もしない。


そのまま、ただ受け止める。

――この場は、もう十分だ。

そう判断するまでに、時間はかからなかった。

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