第二十四話
「顔に大きく醜い傷があります」
柔らかな声だった。
しかし、その言葉の選び方は周囲の空気を一瞬だけ凍らせるには十分で、ざわめきがぴたりと止まる。
「領主さまの御前に顔を見せない無作法をお許しください」
胸に手を当て、静かに腰を落とす。
動きは丁寧で、非の打ち所がない。
旅芸人を名乗ったばかりの少女とは思えないほどに洗練された所作。
だがそれ以上に、言葉の奥にある距離の取り方が明確だった。
踏み込ませない。
礼を尽くしながら、線を引く。
ミアは顔を上げない。
レースの影の奥で、その表情は誰にも見えないまま。
完全に猫をかぶる。
意図的に、徹底して。
ユエリーは何も言わない。
ただ、わずかにその位置を調整する。
半歩だけ前へ。
視線は変えず、しかし確実に壁としての距離に入る。
その動きに気づいた者はいない。
だが、領主だけは違った。
一拍。
ほんのわずかに、間が空く。
その沈黙の中で、何かを測るように視線が落ちる。
やがて、ふっと力が抜けたように笑みが戻る。
「それは気の毒に」
声音は変わらない。
だが、先ほどまでの試す色はわずかに薄れていた。
「無理に見せる必要はない。礼は十分に尽くされている」
あっさりと引いた。
追及しない。
それが、この場における最も自然な選択だと理解しているから。
ミアはゆっくりと頭を上げる。
ローブのレースの奥、見えないはずの視線が、静かに領主を捉える。
言葉は続けない。
余計な一言を足さない。
それで十分だと知っている。
広場の空気が、わずかに緩む。
止まっていた呼吸が戻るように、人々のざわめきが再び動き出す。
その中で、領主は進む先へ軽く手を差し向けた。
「では、改めて。案内しよう」
強制ではない。
だが、拒む理由も与えない。
自然な流れの中で、次の場へと導く。
ミアは一瞬だけ視線を横へ流す。
ユエリー。
何も言わない。
ただ、そこにいる。
それだけで十分だった。
ミアは小さく頷く。
「お願いいたします」
その言葉とともに、夜の風がまたひとつ、静かに動いた。




