第二十三話
「貴女を領主館に招待しよう」
ざわめきの中で、その一言は不思議なほどはっきりと響いた。押し寄せていた熱が、ほんのわずかに形を変える。
歓声でも賞賛でもない、別の種類のざわめき。
驚きと、興味と、少しの羨望。
広場にいた人々の視線が、一斉にミアへと集まる。
領主自らの招待。
それがどれほどの意味を持つのか、誰もが理解している。
ミアは動かなかった。
ローブの奥で、ほんのわずかに呼吸を整える。
言葉の選び方ひとつで、これからの立ち位置が変わる。そんな感覚だけが、静かに胸に沈んでいく。
対して、領主の声音は穏やかなままだった。
だが、そこに断られることを想定した余地はない。
選択肢を提示しているようで、実際にはひとつしかない。
貴族らしい言い方。
その場にいる誰もが、無意識に背筋を伸ばしてしまう種類の圧。
背後のユエリーの気配がわずかに変わる。
ぴたりと、空気が締まる。
視線は動かさない。表情も変えない。
だが、ほんの少しだけ細められた瞳が、確かに測っていた。
距離。力。意図。
もしもの時に、どう動くか。
それを一瞬で組み立てる静かな緊張が、彼の内側で立ち上がっている。
ミアはそれに気づいていた。
だからこそ、先に動く。
ゆっくりと、一歩だけ前に出る。
そして、小さく頭を下げた。
「光栄です」
短い言葉。
肯定。
けれど、従属ではない。
顔を上げる。
レース越しの視線が、まっすぐに領主へ向けられる。
「ただ――」
一拍。
空気が、わずかに揺れる。
「私は旅の者ですので、長居はできません。それでもよろしければ」
条件ではない。
長居はできないと、先に伝えておく。
それ以上は踏み込ませない。
柔らかく、しかしはっきりと。
領主はその言葉を受けて、わずかに目を細めた。
試されているのは、こちらだけではない。
「もちろん」
返答は早い。
「今宵、ほんのひとときで構わない」
微笑みは崩れないまま。
だが、その奥にある興味は、先ほどよりも確実に深まっていた。
ミアは小さく頷く。
そのやり取りを、ユエリーは何も言わずに見ていた。
ただ、ミアの一歩後ろに立ち、変わらぬ距離を保ったまま。
――護る位置。
それを、決して崩さない。




