第二十二話
「こんばんは、小さな歌姫さん」
声は、上から降ってきた。
余韻の残る広場で、後片付けを終えたばかりの静かな時間。その均衡を崩すでもなく、しかし確かに場の中心を奪うような響きだった。
ミアは顔を上げる。
大階段の上。
そこに立つ人影が、ゆっくりと降りてくる。
整えられた身なり。風に揺れても乱れない衣の質感と、無駄のない所作。歩みは穏やかで、急ぐ様子はないのに、不思議と視線を引きつける。
にこやかな微笑み。
だが、それはただの愛想ではない。人の上に立つ者の、それと分かる余裕と確信が、自然に滲んでいた。
「……領主さまだ」
誰かが小さく呟く。
その一言で、空気がわずかに変わる。
ざわめきが、別の意味を帯びる。
ひとりが気づけば、またひとりと声を上げる。
「ほんとだ……」
「なんでここに……」
人々の視線が、階段へと集まっていく。
青年はそれらを気に留める様子もなく、ただまっすぐに降りてくる。
目的は明確だった。
ミアの前で、足を止める。
距離は近すぎず遠すぎず、礼を欠かない絶妙な位置。
それから、わずかに腰を折る。
「見事な歌でした」
穏やかな声。
だが軽くはない。
きちんと聴いた者の言葉だった。
ミアは立ち上がり、ローブの奥でわずかに姿勢を正す。顔を上げ、視線は逸らさない。
ずっと後ろに控えていたユエリーがピクリと反応する。制するような手の動きでミアは振り返りもせずに言った。
「ありがとうございます」
簡潔に返す。
余計な言葉はない。
青年はその様子を面白そうに眺め、わずかに目を細めた。
「風が、よく応えていましたね」
問いではない。
確認でもない。
ただ事実を述べるような言い方。
その一言に、周囲の空気がまた少しだけ張り詰める。
気づいている。
この男は、ただの観客ではない。
ミアは一瞬だけ考え、それから小さく首を傾げた。
「この街の風が、優しいからです」
やわらかく返す。
肯定も否定もせず、受け流す形。
青年は一拍置いてから、くすりと笑った。
「なるほど。では――」
ほんの少しだけ、声の調子が変わる。
「その優しい風を、もう少しだけ借りてもいいかな」
夜の気配が、ゆっくりと広場に降りてきていた。




