第二十話
喝采が少しずつ落ち着いていくなか、ミアは竪琴を抱えたまま、広場の声に耳を澄ませていた。風車の羽根はいつもの速さに戻っている。それでも、集まった人々はすぐには立ち去らず、風の通り道を見上げていた。
「昔、祖母が言っていたよ。道に迷ったら、ヴェントに風を頼めって」
階段のそばで、年配の女性が子どもに話している。子どもは「ヴェントって誰?」と聞き返したが、女性もすぐには答えられなかった。幼い頃に聞いた名を、久しぶりに思い出したらしい。
ミアはその名を胸の内で繰り返した。ヴェント。時の聖典で目にした、この土地に伝わる風の精霊の名だった。けれど、文字で読んだときには分からなかった温かさが、今の二人の声にはある。
指先が弦に触れる。先ほどの歌とは違う、ゆるやかな旋律が生まれた。女性の言葉と、広場を抜ける風の調子を拾いながら、ミアは歌い始める。
♪みえぬみちをゆくものよ
♪かぜはいつもそばにある
♪むかしきいたそのなまえを
♪もういちどよんでみよう
女性が顔を上げた。知らない曲だ。それなのに、祖母の声を聞いたときのような顔をしている。
♪ヴェントよ、ヴェントよ
♪いのちをはこぶもの
♪みちをうしなうときも
♪かぜはみちをしるす
子どもが、小さな声で「ヴェント」と繰り返した。その声に応じるように、風が二人の間を抜けていく。頬を撫でられた子どもは驚いて振り向き、女性もつられて笑った。
ミアは歌いながら、その様子を見ていた。自分が知ったばかりの名を、この街では誰かがずっと覚えていた。今は子どもも、その名を知っている。
竪琴の音に重なって、もう一度、幼い声が聞こえた。




