第十八話
広場の一角。
大階段の最下段、その脇に据えられた翼ある獅子の像の影に、ミアは静かに腰を下ろした。人の流れが絶えず行き交う場所でありながら、不思議とそこだけは一拍分の余白がある。風が抜け、音がほどけ、立ち止まる理由を与えてくれる場所。
白いローブの内側から、そっと取り出す。
小さな竪琴。
抱え込むように構え、指先で弦に触れる。
ポロ……ポロロン。
最初はごく小さく、確かめるように。
張り具合、響き、空気との相性――そのすべてを一音ずつ確かめていく。
そのときだった。
――気配。
ミアはわずかに目を細める。
見えないはずのものが、確かに寄ってくる。
風の精霊。
まだ名も持たぬ、微細な存在たち。けれどこの街では、それらが異様なほど濃い。ひとつひとつは小さくとも、数が違う。
そして、音に反応している。
弦の震えに引き寄せられるように、ふわり、ふわりと集まり、やがて音にまとわりつく。
――面白い。
ほんの少しだけ、ミアの口元が緩んだ。
竪琴を構え直す。
今度は、確かめる音ではない。
届けるための音。
♪ル、ルル、ルルルル――
ハミングが、空気に溶ける。
言葉になる前の、純粋な音のかたち。
それを、風が拾う。
ただ広がるのではない。運ばれる。
路地を抜け、階段を上り、建物の隙間を縫って、広場全体へと行き渡っていく。
人々が、ふと足を止める。
何が起きたのか分からないまま、人々は歌のする方へ耳を澄ませる。
♪石の道を 風がゆく
♪風車の羽を そっと押す
♪姿も名前も 知らないけれど
♪きみのささやき 聞こえてる
言葉が乗る。
音に導かれるように、意味が滲み出る。
♪わたしの歌を 連れてゆけ
♪広場の向こうの 窓辺まで
♪誰かがそっと 口ずさんだら
♪その声もまた 連れてきて
♪風よ 風よ 吹いておいで
♪小さな声を ひとつずつ
♪重ねて この街の歌にしよう
♪きみと出会った 今日の歌に
風が応える。
ただの自然現象ではない。
音を拾い、持ち上げ、遠くへと運ぶ意志のような流れ。精霊たちが、歌に触れ、共鳴し、わずかにその在り方を変えていく。
見えないはずのものが、確かにそこにいる。
その気配が、空気に混ざる。
竪琴の音は、もうミアひとりのものではなかった。
風が奏で、精霊が重ね、街そのものが共鳴している。
広場のざわめきが静まり、人々の表情が変わっていく。
偶然耳にした音楽を楽しむだけではない。何かに触れているような顔だった。
ミアは目を閉じる。
流れに身を委ねる。
ここからだ。
この歌がこの街での最初のきっかけになる。




