第十六話
ユエリーの腕の中で目を覚ます、いつもの朝。
薄く差し込む光の中で、ほんの少し身動ぐだけで、抱き寄せていた腕がわずかに緩み、同時にユエリーも静かに目を開ける。
「ん、おはよ」
まだ眠気の残る声でミアが呟くと、返事の代わりに小さく息が落ちる。
それで十分だった。
寝台を抜け出し、外へ出る。朝の空気はひんやりとしていて、昨夜よりも少しだけ風が穏やかだ。小川の水面は静かに光を反射し、近づけばさらさらとした音が耳に心地よい。
手で水をすくい、顔を洗う。
冷たさが一気に意識を引き上げる。
――ここは庵じゃない。
その事実だけが、ほんの少しだけ新鮮だった。
戻る場所はある。けれど、今は違う場所にいる。
それだけで、世界の輪郭が少し変わる。
簡素な朝餉。
昨日の煮込みを温め直し、パンを軽く焼くだけ。それでも火を通した食事は身体を確かに満たし、動くための力になる。
食べ終えれば、無駄はない。
テントは一瞬で畳まれ、痕跡すら残さず消える。
「行こっか」
短く告げて、歩き出す。
草原を抜け、三刻ほど。
やがて足元の感触が変わる。柔らかな土から、硬く整えられた石の道へ。
舗装された街道。
人の手が入った証。
遠くに点のように見えていた人影が、少しずつ形を持ち始める。荷を引く者、徒歩で行き交う者、商人らしき姿も混じる。
世界が人の領域へと切り替わっていく。
その中で、ミアはふと視線を感じた。
ちらり、ちらりと向けられる目。
最初はローブのせいかと思う。白一色の装いは確かに目立つ。
だが違う。
視線の向きが、少し高い。
そして、長い。
ミアは横を見た。
隣を歩く男。
白銀の長髪が風に流れ、整いすぎた顔立ちに、左右で異なる宝石のような瞳。無駄のない身体の動きは、ただ歩いているだけで周囲と明確に隔絶している。
――目立たないわけがない。
むしろ、これで注目されない方がおかしい。
ミアは小さく息をついて、ほんの少しだけ肩をすくめた。
「……ユエリー」
呼びかける声は小さい。
「もうちょっと、こう……普通にできない?」
無茶な注文であることは分かっている。
けれど言わずにはいられない。
ユエリーは一瞬だけ視線を落とし、それから前を向いたまま答える。
「している」
短い。
だが本気だ。
その普通の基準が、根本的に違うだけで。
ミアは一拍置いてから、くすっと笑った。
仕方ない。
この旅は、こういうものなのだ。




