第八話
「それ、着てくれてるんだ。ありがとう」
ニチカはふと視線を落とし、ミアの装いに気づくと、満足そうに目を細めた。
簡素に見えて、その実、常識外れの機能を詰め込んだ旅装束。布の流れひとつ、結び目ひとつにまで意味があるそれを、ミアはもう自然に着こなしている。
「ううん、こちらこそありがとう。すごく動きやすい」
くるりと軽く回ってみせる仕草に、布は音もなく追従する。余計な引っかかりもなく、身体の動きに吸い付くように馴染むその様子は、確かにただの衣服ではない。
ニチカはその様子を眺めながら、ふっと息をつくように笑った。
「……あの龍の前でも、紐を解いたら駄目だからね?」
声音は柔らかいのに、言っている内容は妙に具体的で、そして妙に執着が滲んでいる。
「わかってるでしょ?」
念押し。
「はいはい、わかりました」
ミアは軽く受け流すように返すが、そのやり取りの横で、空気がわずかに軋んだ。
ユエリーの眉間に、はっきりと皺が寄る。
言葉には出さない。だが、その視線だけで十分すぎるほど不満が伝わってくる。
ニチカはそれを気にも留めない様子で、さらに続けた。
「その服、ミアの成長に合わせてちゃんと大きくなる仕組みだから」
さらりと告げられた一言。
一瞬、間が空く。
理解が追いつくまでの、ほんのわずかな沈黙。
「……は?」
ナギが素で声を漏らした。
ミアも、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
「できることなら、あんまり脱がないでね」
追い打ちのように重ねられる言葉。
その場にいた全員の思考が、同時に同じ方向へと傾いた。
どういう構造をしているのか。
どこまでを想定して作られているのか。
そして何より――どれだけの執念を込めれば、そんな機能を当然のように実装できるのか。
ぞわり、と。
言葉にし難い感覚が、場を静かに走り抜ける。
ナギは顔を引きつらせ、老師は無言で目を細め、ユエリーは露骨に不機嫌さを強めた。
ミアだけが、手元の袖をつまんで、少しだけ感心したように呟く。
「……すごいね」
その純粋な感想が、逆に恐ろしい。
ニチカは何食わぬ顔で肩をすくめた。
「でしょ?」
悪びれる様子は一切ない。
ただ、必要だから作ったとでも言いたげな、いつもの調子。
――その必要性の方向性に、全員が深く突っ込むのはやめた。




