第四話
「渡る界は決めてあるのか?」
観念したように、老師は天井を仰ぎながら問いを投げた。その声音には、もはや止める気概よりも確認せざるを得ない現実への諦観が滲んでいる。
ミアは迷いなく頷いた。
「はい。セルジュと一緒にダーツを放って決めました」
あまりにも軽やかで、あまりにも無邪気な答えだった。
一瞬、沈黙が落ちる。
言葉の意味を理解するのに、ほんのわずかな時間が必要だったのか、それとも理解したくなかったのか。いずれにせよ、その沈黙のあとに訪れたのは、深く、重い吐息だった。
「……なんでそう、いきあたりばったりなんだ……」
老師は額を押さえ、低く呻く。
だがミアは気にした様子もなく、むしろ楽しげにその経緯を思い出しているようだった。
セルジュ――精霊王との関係も、この七年で随分と形を変えていた。
最初に出会ったときの、あの神秘的でどこか距離のある存在は、今やすっかり気安い茶飲み友達に収まっている。もっとも、それを茶飲み友達と呼んでいいのかは、誰もが判断に迷うところではあったが。
庵の面々は、当初ミアが精霊界へ足繁く通うことを快く思っていなかった。理由は単純で、危険の所在が読めないからだ。精霊の領域は人の理から外れており、何が起こるか分からない。
その結果、いつの間にか立場は逆転した。
セルジュの方が、庵へと訪れるようになったのである。
金色の鹿の姿で。
前触れもなく現れては、静かな庵の空気を一瞬で塗り替える。床を踏みしめるたびに芽吹く緑、揺れる光、そして場違いなほどに軽やかな気配。
最初こそ誰もが警戒し、身構えたが、当の本人は気にする様子もなく、当然のように人型へ戻り茶を要求し、当然のようにそれを飲み、そして満足げに帰っていく。
異様だった。
あまりにも異質で、それでいて日常に溶け込んでしまっている光景。
そんな時間の積み重ねの果てに、ダーツで行き先を決めるという暴挙が生まれているのだから、もはや何をか言わんやである。
「ちゃんと意味はありますよ?」
ミアがくすりと笑う。
「世界は広いでしょう?だからこそ、偏らないようにしたかったんです。どこに何があるか、最初から分かっていたら、きっと選び方に癖が出るから」
無作為。
偶然。
それを受け入れるという選択。
老師はその言葉を聞いて、ゆっくりと息を吐いた。
無謀に見えて、その実、筋は通っている。
計算尽くで動くのではなく、世界そのものに触れるための方法としては、ある意味で正しいのかもしれない。
だが――
「だからってダーツはないだろうが……」
結局、そこに落ち着く。
ミアは小さく肩をすくめて笑った。
その無邪気さと、底にある確固たる意志。
どちらも否定できないからこそ、老師は頭を抱えるしかないのだった。




