第二話
「だがなぁ、お前、その見た目どうするつもりだ?」
老師は額に手を当てたまま、心底困ったように唸った。鍛え上げた技や知識とは別の問題――否、むしろそれ以上に厄介な“外からの視線”という現実を、どうしても無視できなかったのだろう。あまりにも目を引く容姿は、それだけで禍の種になる。隠しておきたいと願うのは、当然の帰結でもあった。
しかし、ミアはその言葉を受けてなお、揺らぐ様子を見せない。むしろ「待っていました」と言わんばかりに、小さく笑みを浮かべると、懐からひとつの包みを取り出した。
丁寧に畳まれた布と、それに重なるように滑らかなローブ。
見た目は簡素だが、手に取った瞬間に分かる。ただの布ではない。織り込まれた魔力の密度が、空気の重さを変えるほどに濃い。
「これがあるから大丈夫です。ニチカ特注の貞操死守旅装束と、認識阻害強化ローブ」
あっけらかんと言ってのけるその口調に対して、差し出された“それ”はあまりにも異様だった。
旅装束は、着た者の意思なくして決して解けない構造を持ち、外部からの干渉を徹底的に排除する。糸一本に至るまで術式が絡め取られており、力任せに破ろうとすれば、布ではなく術そのものに弾かれるだろう。
ローブのほうは、さらに徹底している。
存在感の希薄化。視線の滑り。記憶への定着の阻害。
ただ見えにくくするのではなく、“そこにいるはずの誰か”という認識そのものを曖昧にする代物。意識して見ようとしなければ、最初から気づかない。気づいたとしても、次の瞬間には印象が薄れていく。
市場に出れば、国ひとつが動くほどの価値を持つであろう魔道具。
それを、ミアは何の躊躇いもなく広げて見せた。
老師の眉間に、さらに深い皺が刻まれる。
「……あの馬鹿」
呆れと、理解と、諦めが混ざった声だった。
どれほどの手間をかけ、どれほどの試行錯誤を重ねれば、ここまでのものを仕立てられるのか。想像するだけで頭が痛くなる。
だが同時に、その裏にあるものは明白だった。
過剰なまでの対策。抜け目のない設計。
すべては一つの方向を向いている。
守ること。
ミアが自分の意思で外へ出るのなら、その道中で起こり得るあらゆる危険を、事前に潰しておく。その執念が、そのまま形になっている。
ミアはそんな内情を知ってか知らずか、嬉しそうにローブを撫でた。
「これなら、安心でしょう?」
問いかけは軽やかで、どこか誇らしげですらある。
老師はしばらく何も言わず、それを見つめていたが、やがて肩の力を抜くように息を吐いた。
止める理由が、また一つ減った。
それだけのことだった。




