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星眼の魔女 第二部  作者: しろ
第一章

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第百二十七話

書斎に落ちた沈黙は、先ほどまでのやり取りをゆっくりと沈殿させるように重く、逃げ場を与えない種類の静けさだった。


老師はすぐには答えず、ただミアを見ている。


その視線には測るような鋭さと、どこか見守るような深さが同時に宿っていて、軽々しく肯定も否定もされないことが、かえって次の言葉の責任を重くする。


「……そのためにすべきことは、なんだと思う?」


問いは短い、だが答えを外せばすぐに崩れるような、細い綱の上に立たされた感覚がある、誘導ではない。

試しているのだと分かる。


そしておそらく――この人は既にいくつかの答えを持っている。

その上であえてこちらに考えさせている。


ミアはすぐには答えなかった、頭の中に浮かぶ選択肢を一度並べ、それぞれの先にある結果を想像し、その中で最も現実的で、かつ自分が引き受ける覚悟を持てるものを選び取る。

その過程を、言葉にする前にしっかりと踏む。


「……旅、でしょうか」


やがて出た答えは、静かだったが揺らがなかった。


「私が世界を渡り歩いて、少しずつ精霊の力を知らしめていけば……時間はかかっても、可能ではないかと」


言いながら、その光景が頭の中で具体性を持っていく、各地に点在する人々の暮らし、そこに自然と根付く精霊の存在を言葉にし、歌にし、記録にし、広げていく、急がず、押し付けず。


しかし確実に浸透させるやり方、それは遠回りに見えて最も確実な道だと感じていた。


同時に、その危うさも理解している、目立てば狙われる、誤れば利用される、何より――自分自身がその中心に立つことになる。


だからこそ、人任せにはしたくなかった。


自分で見て、自分で選び、自分で進める形でなければ、この計画はどこかで歪む。


だが――


「危険だ」


間を置かず、老師が切り捨てた。


短い一言だったが、その中には議論の余地を削ぎ落とすだけの重みがあった。


ミアの言葉を否定したというよりも、その“前提”を一刀で断ち切るような響き。


「お前はまだ小さく、弱い」


続く言葉は、感情ではなく事実として突きつけられる。


「守られるべき存在だ。その身に傷がつこうものなら、四王だって黙っていない」


淡々としているが、その背後にある力関係は重い、ミア一人の問題では済まないこと、周囲の存在すべてを巻き込む可能性があること、それを分かった上で言っている。


ミアは一瞬だけ唇を引き結ぶ、分かっていないわけではない。


その通りだと思う部分もある、けれどそれでも、そこで引き下がる選択は最初から持っていなかった。


「……でも」

小さく、しかしはっきりと口を開く。

「いずれ私は、大きくなります」


視線は逸らさない。


「守られるだけの、か弱い存在のまま居るつもりはありません」


それは反論というより、意思表示だった、今がそうであっても、未来までそれを固定するつもりはないという宣言、自分がどこへ向かうのかを、はっきりと示す言葉。


書斎の空気が、わずかに軋む。


老師の目が細くなる。

そして、次に投げられた言葉は、静かでありながら鋭かった。


「ならば」


ほんのわずか、間。


「ニチカのように、自分を追い込み……その手を血に染めるのか?」


問いという形をしているが、これは選択を迫る言葉だ。


成長するということ。

力を得るということ。

その先にある現実を、ぼかさず突きつけてくる。


ニチカの姿が頭をよぎる、軽やかな笑みの裏で積み上げてきたもの、商人でありながら剣を持ち、結果を掴むためにどれだけのものを切り捨ててきたのか、その一端は、もう見ている。


“強くなる”という言葉の裏側にあるもの。


それを、ミアは引き受けるのか。

書斎の静けさが、答えを待っていた。

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