第百二十六話
書斎の空気は、庵のどの部屋よりも静かで重かった。
扉一枚で切り離されただけのはずなのに、外の気配はまるで別世界のもののように遠のいて、逃げ場のない思考だけがその場に残されているような感覚に包まれる。
その中心に立たされる形でミアは老師と向き合い、ほんの一瞬だけ呼吸を整えてから、ゆっくりと言葉を選び始めた。
「……時間をかけて、謀を仕掛けようかと思っています」
小さな声だったが、曖昧さはなかった。言いながら自分でもその言葉の重さを確かめるように、胸の奥で一度受け止める。
軽い思いつきではない。
さきほど森の中で巡らせていた考えを、今ここで形にするという意思表示だった。
「ほう、言ってみろ」
老師は短く応じる、その声音には驚きも否定もない、ただ続きを促すだけの、しかし逃がさない圧があった、その一言でこの場が“試される場”に変わるのを感じながら、ミアは視線を落とさずに続ける。
「私は今日、宇宙樹の麓で、その仕組みをしかと見ました」
言葉にすると同時に、あの光景が脳裏に蘇る、星のように見えた実がすべて命であったこと、無数の精霊がそこから生まれ、世界へと送り出されていく循環、その中心にいた存在――セルジュの言葉の響きまでもが、今もなお耳の奥に残っているようだった。
「セルジュは、私にこう言ったのです」
ほんのわずか、間を置く、その名を口にしたときに、先ほどのやり取りや距離の近さが脳裏をかすめるが、それを表には出さずに切り離す。
今ここで扱うべきは感情ではなく構造だと、自分に言い聞かせるように。
「精霊は、生まれたら必要な場所に送り出している、と」
その言葉はあまりにも自然で、当然の摂理のように語られていたが、だからこそ逆に引っかかるものがあった。
無秩序ではない配置、意図された循環、それは単なる自然現象ではなく、世界の均衡を支える仕組みそのものに近い。
ミアは一度だけ息を吸い、そして吐く、その上で、胸の内で組み立てた仮説を、今度ははっきりと外へ出した。
「私は仮説を立てました」
その一言で、部屋の空気がわずかに張り詰める。
「もしも、精霊たちが……土着信仰として崇められたら」
言葉を選びながらも、意図は明確だった、精霊をただの自然現象としてではなく、人が祈り、頼り、意味を見出す対象として位置づける、その変化がもたらす影響を想像しながら、続ける。
「今の天界を、揺さぶることが可能かもしれないと」
言い切った瞬間、静寂が一層深くなる、軽く投げたつもりはない、むしろ逆で、この世界の構造そのものに手をかけるような発想だと自覚しているからこそ、その言葉は自然と重くなる。
天という絶対の上位存在に対して、別の拠り所を人の中に根付かせるという発想、それがどれほど危うく、同時に有効であるかを理解した上での提案だった。
ミアはそこで口を閉じる、言うべきことは言った。
あとはどう評価されるかを待つしかない、書斎の静けさの中で、わずかな呼吸の音すら大きく感じながら、老師の反応を待つ。
その時間がやけに長く感じられるのは、これが単なる相談ではなく、これから先の在り方を左右する可能性を含んでいるからだと、はっきり分かっていた。




