第百十八話
「君がいい」
静かな声だった。
けれど、逃げ場のない真っ直ぐさを持っていた。
「むしろ、君じゃなきゃ嫌だ」
重ねられた言葉は、軽やかでも飾りでもない。
ただの“選択”。
迷いのない、確定した意思。
翠の瞳が、ミアを捉えて離さない。
宝石のように澄みながら、その奥にわずかな熱を宿している。
生命そのものを映す瞳が、今はただ一人を見ている。
ミアは、その視線を受け止めた。
逸らさない。
逃げない。
小さな体の奥で、静かに思考が巡る。
――許嫁。
四人いる、そのうちの一人。
目の前の存在は、その“ひとり”。
本来ならば、もっと距離を測るべき関係。
互いに探り、見極めるべき立場。
それなのに。この言葉。この距離。この熱。
(……ああ)
ミアは、ひとつ理解する。
これは――“認められた”のだと。
条件でも、契約でもない。
存在そのものを。
その結論に至るまで、時間はかからなかった。
ミアは小さく息を吸い、ゆっくりと吐く。
その仕草だけで、余計な揺らぎが整っていく。
「……ありがとう」
まず、そう言った。
まっすぐに。受け取ったことを、きちんと返すように。
その上で――少しだけ、首を傾げる。
「でもね」
声は柔らかい。
拒絶ではない。けれど、流されもしない。
「私はまだ、あなたのことをあまり知らないの」
正直な言葉。
子どもらしい無垢さと、記録者としての冷静さが同居している。
セルジュの瞳が、わずかに揺れる。
否定ではない。むしろ、興味。
「だから」
ミアは、繋いだままの手をほんの少しだけ握り返した。
「これから、知りたいな」
それは受け入れでも、拒絶でもない。
“これから”を選ぶ言葉。
今ここで決めてしまわないという、意思。
セルジュは一瞬、黙った。
その沈黙は重くない。
考えている。
ちゃんと受け取っている。
そして――ふっと、笑った。
今度の笑みは、先ほどより少しだけ大人びていた。
「……そっか」
小さく頷く。
「いいよ」
即答だった。迷いはない。
「時間は、いくらでもあるからね」
この存在にとっての“時間”は、人のそれとは違う。
だからこそ言える言葉。
そして――その言葉の意味を、ミアもなんとなく理解している。
宇宙樹の下、ふたりは手を繋いだまま立っている。
急がない。決めつけない。
それでも確かに、ひとつの関係が、静かに、始まっていた。




