第百十六話
セルジュの足取りに合わせて、緑が生まれる。
一歩、また一歩。
踏み出すたびに草が芽吹き、柔らかな地が形を成し、道が“後から”出来上がっていく。
ミアはその上をそっと踏みしめながら、隣を歩く存在を見上げた。
金の巻き毛が、微かな光を受けて揺れる。
白い肌は、まるでこの空間そのものの一部のように浮かび上がっていた。
「……ここには」
小さく、けれど確かに問いを乗せる。
「あなた以外の精霊が居ないのね?」
独り言のような声音。けれど――
「うん」
セルジュはすぐに振り返った。
ちゃんと届いている。
そのことが、どこか自然だった。
「自分のことは自分でできるし」
軽やかに笑う。
肩の力の抜けた言い方。
けれど、その言葉の意味は軽くない。
「生まれた精霊は、必要なところに送り出してるんだ」
さらりと言う。
まるで日常の延長のように。
だがそれは――世界に命を供給するという行為。
この存在が、どれほどの規模で“循環”を担っているのかを示していた。
ミアはその言葉を静かに受け止める。
驚きはある。
けれど、否定も疑いもない。
「上を見て」
セルジュが、ふと視線を上げる。
導かれるように、ミアも顔を上げた。
その瞬間――息が、止まった。
「……え」
そこにあったのは、星ではなかった。
無数に瞬いていた光。
それはすべて――金色の、実。
宇宙樹に実る果実だった。
大小様々なそれらが、枝という枝に連なり、ゆらゆらと静かに揺れている。
光を放ちながら。
「……これが」
ミアの声は、かすれる。
「精霊の核となる、宇宙樹の実だよ」
セルジュが穏やかに言う。
誇るでもなく、誇張するでもなく、ただ“事実”として。
ミアの中で、認識がゆっくりと組み替えられていく。
あれは星ではなかった。
暗い空間だと思っていたものも――違う。
それは空ではない。宇宙でもない。
「……枝……?」
思わず零れる。
陽を覆い隠すように広がるもの。それは、すべて――宇宙樹の枝葉。
そして、さらに奥へと伸びる“根”。
上下の概念が崩れる。
空間の定義が消える。
ここは宇宙ではない。
“宇宙を内包した樹の内部”。
そうとしか言いようがなかった。
ミアはしばらく、言葉を失っていた。
ただ見上げる。
無数の“命の種”を。
ひとつひとつが、どこかで生まれ、どこかへ旅立ち、世界を巡る。その源。
「……すごいね」
やっと、それだけ言えた。
あまりにも簡素な言葉。
けれど、それ以上は出てこない。
セルジュは、その横顔を見つめる。
評価でも、誇示でもない。
ただ――どう感じるのかを、知りたかった。
「ねえ」
ふと、柔らかく声をかける。
「君には、どう見える?」
試すような問いではない。
純粋な興味。
同じものを見て、この少女が何を感じ、どう捉えるのか。
それを――知りたかった。




