第百十三話
扉の内側は、まるで“内臓”のようだった。
苔に包まれた樹の洞。
柔らかな緑が視界のすべてを覆い、湿った空気が肌に触れる。
だが、不快ではない。
むしろ――抱かれているような感覚。
足を進めるたび、同じ景色が続いているようで、決して同じではない。
苔の付き方、光の差し方、空気の揺らぎ。
すべてが微細に異なり、常に“変化し続けている”。
時間の流れすら曖昧になる、不思議な空間。
「……」
誰も言葉を発さない。
声を出すことすら、ためらわれる。
その静寂の中で――小さな気配だけが、無数にあった。
木霊たち。
淡い光を帯びた、小さな存在。
ふわふわと漂い、時折くすくすと笑うように揺れる。
その数が――異様に多い。
森の外とは比べ物にならない密度。
まるで、この空間そのものが彼らの“巣”であるかのように。
ミアの周りにも、いくつかが寄ってくる。
白いフードの猫耳に触れ、髪に絡み、楽しげに跳ねる。
「……くすぐったい」
小さく笑う。敵意はない。
むしろ歓迎に近い。
ユエリーは一瞬だけ警戒を強めたが、ミアの様子を見て、それを解く。
この場所は――拒絶していない。
やがて。
視界が、開けた。
それまでの閉じた“洞”が、ふっと途切れる。
次の瞬間――全員の足が、止まった。
「……」
言葉が、出ない。
そこにあったのは――宇宙だった。
暗い広がり。
だが“無”ではない。
無数の星が、瞬いている。
静かに、確かに、そこに存在している。
上下も、遠近も曖昧な空間。
地面に立っているはずなのに、足元すら“宇宙”に繋がっているような錯覚。
「……確かに、宇宙だ」
ナギが低く呟く。
その声すら、吸い込まれていく。
響かない。反響しない。ただ、消える。
そして――その中心。
すべての視線を奪う存在があった。
一本の樹。
だが、“巨大”という言葉では足りない。
規模の概念が狂う。
幹は天を突き抜け、枝は星々の中へと広がり、根は見えない深淵へと沈んでいる。
それはもはや、樹というより――
世界そのものだった。
「……これが」
ミアが、かすかに息を呑む。
胸の奥が、震える。
知っている。見たことはなくとも、“理解してしまう”。
「宇宙樹……」
その言葉は、あまりにも小さく、そして――あっけなく、静寂に溶けた。
答える者はいない。
だが、否定するものも、どこにもなかった。
ただそこに、圧倒的な“存在”が、揺るぎなく在った。




