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星眼の魔女 第二部  作者: しろ
第一章

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第百七話

平和な朝餉を終え、庵にはゆるやかな静けさが戻ってきた。


食器の片付けもひと段落し、外からは森のざわめきが穏やかに届いてくる。暖かな風が戸口をくぐり抜け、ほんの少しだけ日常に慣れ始めた空気を運んでいた。


その中で、老師がぽつりと口を開く。


「今日は森の探索ついでに、精霊王のところに行く」


あくまで“ついで”のように言うが、その実、重みのある予定だ。


ミアは一瞬だけ手を止め、静かにその言葉を受け止める。

ユエリーもまた、わずかに目を細めた。そして――


「つまりさ」


ぱっと顔を上げたのはニチカだった。

その表情は、あからさまに“輝いて”いる。


「“あのでっかい宇宙樹”に行くってことだよね?」


身を乗り出す。

疲労はもうどこにもない。完全に商人の目だ。


「草薙商会でも、誰も行ったことない場所なんだ」


興奮を抑えきれない声音。


「ついて行ってもいいでしょ?」


即答だった。

許可を求める形はしているが、半分はもう決めている顔だ。

老師は一瞬だけニチカを見やり、


「……かまわん」


あっさりと許可を出す。だがすぐに、わずかに眉をひそめた。


「精霊相手に商売する気か?」


淡々とした問い。


「通貨概念がある連中とは思えんがな」


現実的な指摘。

精霊という存在は、人間の尺度で測れるものではない。

価値の交換という概念すら共有できるか怪しい。

だが――ニチカはにやりと笑った。


「得るものが何も無いとは限らないでしょ?」


軽く肩をすくめる。


「珍しいものが手に入るかもしれないし」


視線が、どこか遠くを見る。

未知。未踏。前例なし。

それらすべてが、彼にとっては“価値”だった。

ナギが呆れたように息を吐く。


「お前ってほんと……」


少しだけ間を置いて、


「商魂逞しいな」


半分は呆れ、半分は感心。ニチカはさらりと受け流す。


「褒め言葉として受け取っとくよ」


そのやり取りを、ミアはくすくすと笑いながら見ていた。

重かった昨日の話が、少しずつ遠ざかっていく。

それでも――これから向かう先は、決して軽い場所ではない。


精霊王。

宇宙樹。


そして、この森そのもの。

ただの探索では終わらない気配が、確かにある。


ミアはそっと、自分の手を見つめた。

小さな手。けれど、その内にあるものは――あまりにも大きい。


「……行こうか」


小さく、けれどはっきりと口にする。

誰に向けたわけでもない。

それでも、その一言で流れが決まる。


ユエリーが静かに頷き、ナギが肩を回し、ニチカはすでに次の“何か”を探す目をしている。


そして老師は――何も言わずに、ただ外へと歩き出した。


森は、すぐそこにある。

未知と、静かなざわめきを湛えながら。

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