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星眼の魔女 第二部  作者: しろ
第一章

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第百六話

「……ここってば、迷いの森じゃん……」


朝靄の中に、へろへろとした声が滲んだ。


「戻るのむっちゃ時間かかった~……」


半べそをかきながら現れたのはニチカだった。


夜のあいだ彷徨っていたのだろう、髪は乱れ、服はところどころ枝に引っかけた跡があり、それでも背中にはしっかりと大きな荷を背負っている。中身は一目で分かる、ミアのために仕入れてきた夏装束一式だ。


くたくたに疲れ切っているはずなのに、その足取りは止まらない。

庵の前に辿り着いた瞬間、ようやく力が抜けたように膝をつきかけて――


「おかえり、ニチカ」


ふわりとした声が、先に届いた。

ちょうど朝餉の支度をしていたミアが、鍋の火加減を見ながら振り返っている。

朝の光に照らされたその姿は、昨夜の重苦しさをまるで引きずっていない。


いつもの、柔らかな日常の顔。

ニチカは一瞬だけ、目を細めた。


「あー……帰ってきたって感じする……」


力の抜けた笑いがこぼれる。

そのまま、どさりと荷を下ろした。


「頼まれてた夏服、全部持ってきたよ……たぶんサイズも大丈夫なやつ選んだ」


言いながら、軽く息を整える。

だが、その裏で――確かな達成感があった。


迷いの森。

磁場が乱れ、方位を示す器具は役に立たない。


方向感覚を狂わせ、同じ場所を何度も歩かせる厄介な領域。普通ならば、夜を越えて戻ってくることすら困難な場所。


ましてや、一度しか来ていない拠点を再特定するなど――常人の技ではない。


「……よく戻ってきたな」


背後からナギが現れ、呆れ半分で言う。

その目は、しっかりとニチカを観察していた。

ただの運ではない。

計算と執念で辿り着いている。


「まあね」


ニチカは肩をすくめる。


「森の“癖”さえ掴めば、あとはなんとかなるよ」


さらりと言うが、その言葉の裏には一晩分の試行錯誤が詰まっている。


ユエリーもまた、静かに視線を向けていた。


その瞳には、わずかな評価が浮かぶ。

ただの商人ではない。

その認識は、すでに確定している。


「でもさあ……」


ニチカはぐったりとその場に座り込みながら、


「さすがに夜の迷いの森は反則でしょ……」


心底うんざりしたように呟く。


「三回くらい同じ木見たからね、あれ絶対動いてるよ」


「動いてるぞ」


あっさりと老師が言った。

いつの間にか背後に立っている。


「意思持ってるからな、あそこは」


「聞きたくなかったなあ!?」


即座に返すニチカ。

だが、そのやり取りにわずかな余裕が戻っている。

ミアはくすくすと笑いながら、そっと湯気の立つ器を差し出した。


「はい、あったかいの。まず食べよ?」


優しい声。

それだけで、張り詰めていたものがほどけていく。

ニチカはそれを受け取り、ふう、と息を吐いた。


「……生き返る」


素直な感想だった。

朝の光。温かい食事。


そして――待っていてくれる人たち。

そのすべてが、確かにここにある。

迷いの森を越えてでも、戻ってくる理由としては十分すぎた。

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