第百一話
「……ありがとう、私、上手くやるね」
ミアはそう言って、意識的に笑みを作った。
胸の奥に残る不安を、ぎゅっと押し込めるように。
それでもその笑顔は、さっきまでのものより少しだけ柔らかく、どこか力の抜けたものだった。
(悪いことばかりじゃない)
こんなにも面倒な力を抱えているのに。
こんなにも危うい立場にいるのに。
それでも、自分は今――守られている。
それを、はっきりと実感していた。
「それにしても」
ミアはくるりと周囲を見渡す。
庵の外へと続く空気は、先ほどまでの凍てつく寒さとはまるで違っていた。
湿り気を帯びた風。
どこか緑の匂いを含んだ、やわらかな温もり。
「随分、暖かいところに来たんだね」
小さく首を傾げる。
その言葉に応じたのはニチカだった。
すでに手には羅針盤があり、針の揺れを確かめるようにじっと見つめている。
「座標、教えてもらっても?」
軽い口調だが、その目は商人のそれだ。
場所の価値を測る目。
老師は鼻を鳴らし、無造作に広げた。
空間に浮かび上がるのは、精緻な“宇宙地図”。
星のような光点が、幾層にも重なって配置されている。
「……宇宙樹に近い」
短く答える。
その一言で、空気がわずかに変わる。
「近いうち、精霊王に会いに行かねばならん」
淡々とした言い方だが、それがどれほどの意味を持つのかは、この場にいる者たちには十分に伝わる。
ミアの目がわずかに瞬いた。
精霊王。
それは、自分の力とも無関係ではない存在。
「何それ」
間髪入れず、ニチカが顔を上げる。
その表情は、完全に“商機”を見つけた時のものだった。
「最高の商談チャンスじゃないか」
にやりと笑う。
「僕も行く」
即断だった。
躊躇も遠慮もない。
ナギがすかさず横から口を挟む。
「庵には居座るなよ」
呆れたように肩をすくめながら、
「昨日みたいな地獄絵図、もう見たくねえからな」
その一言で、場の空気が少しだけ緩む。
ニチカが不満そうに眉を寄せる。
「ひどいなあ。あれはあれで平和的解決だったでしょ?」
「どこがだよ」
即座に返すナギ。
「キングサイズに三人とか正気じゃねえ」
「効率は良かったよ?」
「精神的に最悪だろ」
軽口が飛び交う。
そのやり取りを、ミアはくすくすと笑いながら見ていた。
さっきまでの重さが、嘘のようにほどけていく。
ユエリーはその様子を静かに眺めながら、ふと、老師へと視線を向けた。
「精霊王、か」
低く呟く。
その響きには、わずかな緊張と、興味が混じっていた。
龍と精霊。
異なる頂点同士の接触。
何も起きないはずがない。
老師は地図を畳みながら、ちらりとユエリーを見る。
「お前も無関係じゃねえだろうな」
含みのある言い方。
そして、ミアへと視線を戻す。
「――準備はしておけ」
その一言は、
これから先に待つものの重さを、静かに示していた。
暖かな森の中に移ったはずの庵。
だがその内側では、新たな“動き”が、確かに始まろうとしていた。




