第35話 和解した二人
ベネット卿のリーデンでの住まい、セント・キャロル宮殿。約束もなく訪れたが、運良くベネット卿は在宅中だったようだ。
金色の大きなシャンデリアが吊るされた玄関ホール。
真っ白い壁には同じように金色の装飾が施されていて、床にはオリエンタルな柄の赤い絨毯が敷き詰められている。
壁にいくつも掛けられている威圧感のある肖像画は、歴代の王達だろう。
モニカは足を揃えてすっと背筋を伸ばした。
レナードはポケットに手を突っ込んで、少しソワソワした目つきをしている。
ベネット卿がドタドタと音をたてて階段を駆けおりてきた。
髪がボサボサで、口周りや顎に髭が生えっぱなしになっている。
モニカは一瞬、相手が誰なのか分からなかった。
「ど、どうされたんですか。公爵夫人」
「いきなり、押しかけてしまってすみません」
「いえ、それはかまいませんが……」
モニカは視線を下げて、手のひらを落ち着きなくこすり合わせた。
「あの、ベネット卿。実は……あんなことがあった後に、とても言いにくいのですが……助けていただきたくて」
そっと視線を上げて覗き見ると、ベネット卿は目をぱちくりと開いていた。
「ええと……、助ける?僕にできることでしょうか……」
頬を掻いていたベネット卿の人差し指がふいに止まった。
「ミス・ウェルズの話ですか?」
ベネット卿の口調が変わった。
モニカは口をきゅっと閉じてうなずいた。
「……実は女王陛下からのお呼びがあって、サラは今、王宮にいるんです。あなたを叩いてしまった件で……」
ベネット卿がはっと息を吸った。
素早く向きを変えると、すぐさま玄関に向かった。
「あんたさ、サラのことをどうするつもりなの!?」
「レナード!」
モニカはレナードを小声で鋭くとがめた。
ベネット卿がドアの前で少しずつ振り向いた。
レナードはモニカの手を振り払うと、腕を組み、挑戦的に顎をあげた。
「サラはあんたのせいで落ち込んでる」
「……彼女が?」
レナードが苦々しく顔をゆがめた。
「サラはあんたが好きなんだよ」
ベネット卿がゆっくりと口をおさえて、黙り込んだ。
「聞いてる?サラはあんたが好きなんだよ!──何とか言えよ!」
「けれど、彼女はミスター・ハントと──」
ベネット卿が言葉を切って顔を歪めた。
「あれは、あんたの気を引いてただけに決まってるだろ?バカかよ!」
ベネット卿の表情が、次第に生き生きと輝きはじめた。
恍惚としながらベネット卿は言った。
「髭を……髭を剃ってきます!」
ふいに慌ただしく戻ってきて、階段を一段とばしでのぼり始めた。
「サラ……」
あなたのために、ベネット卿はあんなに必死よ。
大声で、歌いたい衝動。
モニカは固く組んだ両手を唇に押しあてた。
ベネット卿が途中でぴたりと立ち止まり、感情に溢れた声で言った。
「……ありがとうございます。公爵夫人、それにミスター………、いや、レナード」
「いいから早くしてよね」
「レナード!」
ベネット卿は振り向いて、親しみのこもったまぶしい笑みを見せた。
セント・キャロル宮殿から戻って二時間ほどが過ぎた。
モニカは玄関前のアプローチでずっと二人の帰りを待っていた。
レナードはじっとしていられない様子で、中にも入らずに、再びどこかに出かけてしまった。
王室の馬車。サミュエルとサラが帰ってきた。
ベネット卿も一緒だった。
サミュエルは馬車のそばで立ち止まっている。視線を向けてくるものの、なかなか近づいてこない。
モニカはサミュエルに走り寄り、両腕をつかんだ。
「女王陛下のご様子はどうだった?」
サミュエルは口を引き結んで、張り詰めたモニカの顔を見下ろした。
「最後には機嫌よく笑っていらっしゃったよ。──そう、君がベネット卿を呼んだおかげでね」
サミュエルがよそよそしく言った。
「よかった……!」
レナード!あなたは本当に、最高の弟だわ!
「僕はずいぶん頼りなく見られているみたいだね」
サミュエルが顔をそらした。
「そんな風に言わないで……。あなたが助けなんていらなかったことはよく分かってる。私はレナードの監視に付いていっただけよ」
モニカはサミュエルの体にもたれて、彼の胸に機嫌良く頬をこすり付けた。
サミュエルはモニカを抱きしめて、長い長いため息をついた。
「それはずるいよ。モ二カ……。僕は全然言い足り──」
「愛してるわ」
少し、サミュエルの顔がゆるんだ。
玄関ホールで、サラはベネット卿をチラチラと見ながら、やけにしおらしく話をしている。
モニカは表情をほころばせて、サミュエルと腕を組んだ。
「サラとベネット卿は仲直りしたんでしょう?」
「仲直りどころか……」
サミュエルはのぼせ上がったベネット卿を見ながら肩をすくめた。
ベネット卿が近づいてきた。
モニカは胸に手をあてて丁寧な会釈をした。
「公爵夫人、明日、《《サラ》》を乗馬に連れて行ってもいいでしょうか。その……二人きりで」
モニカはどぎまぎと視線をさまよわせた。
サラと言ったわ。
「二人きりですか……」
モニカは堅苦しく咳払いをした。
ベネット卿の顔が少しこわばった。
「責任はとって──」「もちろん!」
ベネット卿が食いぎみに答えた。
モニカは手を口にあてたものの、抑えきれずにクスクスと笑った。
プロポーズは明日かもしれない。
「サラに任せます」
勢いよくうなずいて、ベネット卿はサラのもとに戻った。
サラは前のめりになって、ベネット卿の話を聞いている。
相づちをうつサラの頬が赤く染まった。
顔全体に、初々しい笑みが広がった。




