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白い結婚の溶ける日──公爵の隠された狂愛──  作者: あおき華


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第30話 ダミアンと銃声

 モニカは夢をみていた。

 彼についばむようなキスをされる、妙にリアルで幸せな夢。


 徐々に目覚めると、サミュエルとまつげの触れる距離で目が合った。


 夢じゃなかったようだ。


 モニカは唇に触れながら、どぎまぎと視線をさまよわせた。


 柱時計の針が一時を過ぎている。思わず二度見した。


「一時? え、うそ。もうそんな時間?」


 外はしとしとと雨が降っている。日はもう高い。


 サミュエルが笑みをこぼした。

「眠るのが遅かったからね」

 

 あまりにも寝過ごしてしまった。

 お義母様の体調は良くなったかしら。

 モニカは体を起こして、頬に手をあてた。


  サミュエルも体を起こして、彼女をじっと見つめた。


「夕べは……本当に特別だった」

 彼の声や眼差しは、やけに艶めいていて、泣きたくなるほど優しい。


 モニカは毛布で口元を覆って、小さくうなずいた。


 あのあと、やり直すように再び愛し合った。


 不発に終わった愛の告白。

 モニカはその代わりに、体で彼に愛を示そうと決めた。

 昇りつめたときに、結局、愛してると口走っていたような気もする。


 いつになく積極的になったことを思い出して、まともにサミュエルの顔が見られなくなった。



 ドアが控えめに二回ノックされた。

 使用人の誰かだろう。


「待て」 

 サミュエルはナイトシャツとガウンを着て、彼女の体を毛布で念入りに覆い隠し、ドアに向かった。


 執事のひそめた話し声。『ミスター・カートライト』という言葉が聞こえた。

 一瞬振り向いたサミュエルの表情には陰りがさしていた。


 ダミアンが来ている。

 まだ、彼はボートンに帰っていない。


 モニカは弱い吐き気を感じた。


「彼女は疲れて寝ていると言ってくれ。……いや、僕が行こう」

「サミュエル」

 モニカはサミュエルを呼び止めて、しばらく黙りこんだ。


 サミュエルが耳打ちをすると執事は部屋を下がった。


「……ダミアンが、来ているんでしょう?」


 サミュエルはまばたきで返事をした。


 モニカはベッドからおりて、肌の上にそのままドレッシングガウンを羽織ると、キャビネットに向かった。

 ダミアンからもらった首飾りは、ジュエリーケースに入れる気にもなれず、キャビネットの中の鞄に入れっぱなしだった。


「彼に、これをもらったの」


 モニカが手渡すと、サミュエルは重みのあるエメラルドの首飾りを指にかけてじっと見つめた。


「か、返すべきだと思う?」

 モニカはサミュエルの顔色をうかがいながら、うわずった声で聞いた。


「もちろん」

 サミュエルは首飾りをにぎりしめた。


「あの男に返してくるよ」

 ゆうべよりずっと落ち着き払ったサミュエルの様子に、モニカは胸を撫で下ろした。


「……実は、この前、街でばったり彼に会ったの。サラもいたときよ?偶然だとは思うんだけど……」


 モニカは自分の両肘を強くつかんでうつむいた。どんなにダミアンがやつれていても、彼の気持ちを受け入れることはできない。


「少し、様子がおかしかったの。あまり彼を刺激しないで。……やっぱり首飾りを返すのもやめておくわ」


 サミュエルはガウンのポケットに首飾りを入れて、モニカの頬を撫でた。


「大丈夫。君は休んでいてくれ。少し顔色が悪い」


 サミュエルは表情を引き締めて、部屋を出ていった。




 モニカはベッドに座り、鉛色の空を眺めた。


 胃の中がもやもやとする。

 もっとうまく、ダミアンと向き合うことは出来なかったのだろうか。


 ダミアンを信用出来ないところもあった。だけど、彼にかつて感じた友情も、偽物だとは思わない。


 沈んだため息をついて、本棚に向かった。

 背表紙も見ずに本を取り、パラパラとめくった。ろくに読みもせずにすぐ戻した。

 それを何度も繰り返した。


 時間がやけにゆっくりと進むように感じる。


 サミュエルはまだ戻らない。


 モニカは窓辺に向かった。


 バルコニーに続く掃き出し窓は、昨日から開け放たれたままだ。

 雨に濡れて、アイアンの手すりからは水滴がしたたり落ちている。


 モニカはバルコニーに出て、弱い雨に打たれた。


 石畳のアプローチにダミアンがいた。

 傘も差さずにこちらを見上げている。

 ゆっくりと持ち上げた彼の右手に拳銃が見えた。


 ──彼の狙撃の腕は知っている。


 モニカは息を止めた。体は思うように動かない。


 私は死ぬんだろうか。

 視界が急に霞んだ。


 なかなか引き金は引かれなかった。


 ダミアンは顔をひきつらせると、銃口を自身の頭に押し付けて、神経質な笑いを浮かべた。


「やめて」

 モニカはバルコニーから身を乗り出して、首を横に激しく振った。


 ダミアンの口が《《さようなら》》と動いた。



「パパ!」

 発砲音が鳴った。


 飛び出してきた小さな体がダミアンの右腕にすがりついていた。


「アビゲイル……どうしてここに……」

 ダミアンが銃口を空に上げて、がさついた声を出した。


 モニカは震えながら唇に手を押しあてて、アビゲイルとダミアンを見つめた。二人とも、怪我はしていないようだ。

 へなへなと、その場に座りこんで、お腹を両腕で覆った。


 ダミアンが銃を左手に移して、慎重にしまった。


 アビゲイルはダミアンを両手でがむしゃらに叩きながら、号泣し始めた。


 ダミアンが憑き物のとれたような顔で、アビゲイルを見下ろしている。


「大嫌い!パパなんて、大嫌いよ!」

 彼女のビスクドールのようだった髪はストリート・チルドレンのように乱れていた。


 アビゲイルは本当に一人で、ボートンに来ていた。


 ダミアンが目元を手で覆ったとき、ざわめきが聞こえた。


「行って!」

 モニカは叫んだ。


 ダミアンは口を一文字に結んで、手を握りしめた。

 目を合わせることなく、彼はアビゲイルを抱き上げて走り去って行った。



「モニカ!」

 ドアが乱暴に開け放たれた。


 モニカはサミュエルに強く腕を引かれ、部屋の中に戻された。サミュエルは彼女を覆い隠すように抱き締めて、窓を振り返った。


「銃声がした」

「え、ええ」


 ダミアンがサミュエルを狙わなくて良かった。その可能性があったことに気がついて、モニカは愕然とした。

 彼を亡くしたら、とても生きていけない。


 外から使用人達の声が聞こえる。少ししてから収まった。


 サミュエルは、彼女の両腕を握りしめて、肩に額を乗せた。

「君が、狙われたんじゃないかと……」


 体に伝わるサミュエルの激しい鼓動。

 モニカは唇を噛んで、何度もかぶりを振った。




 昼下がりには雨が止んで虹が出ていた。


 モニカは人目を盗んで玄関の外に出た。

 ダミアンのいた場所から見える、自分の部屋、バルコニー。


 彼はもう来ない。そんな気がした。


 門の外は、いつも通りの平穏なアベニュー。

 ダミアンのことだから、きっと上手く逃げたのだろう。


 銃声の真相は謎のまま。

 目撃者は、誰もいなかった。




 その日、父から手紙が届いた。

 アビゲイルが行方不明だと書かれていた。



 しばらくして、また父から手紙が届いた。


 ダミアンとアビゲイルは、すべてを引き払って、海の向こうの隣国ガリアに移住したようだ。

 

 アビゲイルの世話をした礼に、ボートンホールを彼から譲り受けたと、手紙の最後には書かれていた。

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