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白い結婚の溶ける日──公爵の隠された狂愛──  作者: あおき華


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第29話 怒り任せの抱擁

 モニカはベッドに座り、ぴたりと合わせた膝に両手をついた。もうそろそろ、約束の三十分がたつ。


 エイミーがてきぱきと壁の燭台の火を消して回った。

 枕元にろうそくのほのかな灯りが一つ、残された。


「では、失礼します奥様」

「ありがとうエイミー。急がせてごめんなさいね」


 エイミーは意味深な照れ笑いをうかべながら、静かにドアを閉めた。



 エイミーの軽い足音が遠ざかると、モニカは着たばかりのナイトドレスを脱いで毛布の下に横になった。


 少し積極的過ぎる気もした。だけど、彼を求める気持ちをなにかで伝えたい。


 柱時計の秒針が、カチカチと鳴っている。

 心臓は、それよりもずっと早いリズムで鼓動を打っていた。



 横たわったまま時間が十分ほど過ぎた。


 モニカはひとつに編んだ髪をいじりながら、脚をもじもじと動かした。


 もう深夜。開いた窓の外から、馬の興奮ぎみな高いいななきが聞こえた。

 そういえば帰り道に、牝馬が昂ぶって気が立っていると御者が話していた。

 モニカは知らず知らずに毛布を被って顔を隠した。


 廊下から聞こえるゆっくりとした足音が、近づいてきている。部屋の前で足音が止まり、ドアが開いた。


 モニカは毛布の端を首まで下げながら、そろりと頭を起こした。サミュエルがガウンを脱いで雑に放り、彼女の隣に無言のまま入り込んだ。


 薄明かりの中でも、サミュエルの眉間にシワが寄っているのがよく分かる。モニカは毛布の下でサミュエルの手を手さぐりで探して握った。


「……サミュエル、サラの言ったことは気にしないで。怒ると思ってもないことまで言っちゃうの」


 サミュエルは唇をゆがめて彼女の頭を抱えると、気の遠くなるような深いキスを繰り返した。


 モニカは体をわななかせながら彼の背中に腕を回した。彼の目が突き刺すようにさっと細くなった。


「なんとまあ……、大胆になったものだね。もう裸じゃないか」


 サミュエルはモニカの脇腹を撫で下ろしながら苦笑した。

 別居する前の彼に戻ったように冷ややかな口調だった。


 モニカは唇を噛んで彼に背を向けた。目の奥のツンとした痛みが涙腺を刺激し続けている。


 今日のサミュエルに心をそのままさらけ出すのは危険だと思った。彼はその気になれば私から生きる気力さえ奪うことができるのだ。


「モニカ……今日踊った相手はどこのだれだった?」


 サミュエルがうしろから息もできないほどきつく抱き締めた。


「そんなの、覚えてないわ」

「まさか」

 サミュエルが首に強く吸い付いた。

「あ、そ、それはやめて」


 首にピリッと痛みが走った。


 また痕になってしまっただろうか。またしばらく首を隠さないといけない。


 モニカは目を腕で覆って小さくため息をついた。いつもの心を許しあった、溶け合うような抱擁が恋しい。


「僕に満足していないだって?」


 サミュエルは慣れた手つきで彼女の弱いところを的確に攻めたてた。

 モニカは背中をそらしながら、かき鳴らされる楽器のように甲高い声をもらした。





 窓から入ったぬるい風が頬をなでた。



 こんなに体を翻弄されたことは今までになかった。


  モニカは額に手をあててわずかに戸惑った。汗で濡れた髪が肌に張りついている。


 気だるい体を無理矢理起こすと、サミュエルが彼女の手首を強くつかんだ。


「どこに?」

「体を拭いて服を着るの」

 サミュエルが低くうなった。


 腰を上げようとしたが脚に力が入らない。モニカはやむなくそのまま座り込んでうなだれた。


 気持ちの通わない交わりは、体を満たしたが、心は飢えさせた。


 サミュエルはモニカを引っぱり戻すと、彼女に腕枕をして汗ばんだ額にキスをした。


「……悪かったよ」

 サミュエルはぼそりと言いながらモニカのもつれた髪に指を通した。


 モニカは身動きもせずに静かに目を閉じて、一人の世界にこもった。一度眠ったら虚しさも消えるかもしれない。

 最近少し、落ち込みやすくなっている気がする。


 秒針の音がやけに耳障りに聞こえるなか、モニカは何とか眠ろうとした。



 しばらくの間黙っていたサミュエルが、ふいに頬ずりをした。

「起きているんだろう?」


 モニカはじっと寝たふりをした。


「起きているんだろうモニカ」


「……いいえ」


「目を開けて」

 懇願するようなサミュエルの声に負けた。


 虚ろに彼を見つめると、憂いを帯びた緑色の瞳がまつげに隠れた。


 多くを求めてしまう自分を抑えたいのに、コントロールできない。


「僕のハリネズミはどうしたら機嫌を直してくれる?」


 サミュエルは鼻先と口にそっとキスをして、困りはてたように片手で自分の顔をこすった。

 手がかすかに震えていた。


 うちひしがれるサミュエルを見ながらモニカは短く息を吸った。


「愛してるわ……」


 とっさに出た言葉だった。


 サミュエルが肘をついて上体を持ち上げた。口を薄く開けて彼女を見つめながら、彼は何も言わない。


 モニカは顎を引いて自分の体を抱きしめた。

「……言ってみただけ」

 息苦しさに耐えられなくなってモニカはつぶやいた。


 サミュエルは瞳の奥を光らせて、モニカと額を合わせた。

 彼の表情は薄いガラスのように脆く儚げに見えた。

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