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白い結婚の溶ける日──公爵の隠された狂愛──  作者: あおき華


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第28話 サミュエルの嫉妬

 その後、断りきれずに数人の男性と踊った。

 親や祖母ほど年の離れた付添人たちと一緒に椅子に座り続けるより、輪に入って踊るほうが正直ずっと気分が良かった。


 モニカは伯爵の長男だという男性とお礼のあいさつを交わして、壁際の椅子に戻った。髪を整えながら大広間をぐるりと見回した。

 サラが見当たらなかった。



 玄関ホール、次に控室に行った後、モニカは再び大広間に戻り、主催者のアシュトン伯爵夫妻の所に向かった。


「すみません、レディ・アシュトン。妹を知りませんか?何故かどこにも見当たらないんです……」


「まあ……」

 レディ・アシュトンが顔をこわばらせて、椅子から腰を浮かせた。


「公爵夫人、妹さんならミスター・ハントと先ほど帰られましたよ。当然あなたもご一緒かと……」

 レディ・アシュトンは周りを気にしながらひそひそと小声で話した。




 モニカは馬車に乗り、御者に夜道を急がせた。

 今日は馬の気が少し荒い。御者が扱いに手こずっている。

 モニカはやきもきしながら指先を擦り合わせた。


 レイクフォードハウスの前で、正門から出てきた馬車とすれ違った。中に座る口髭の男性がミスター・ハントだろうか。

 彼は窓の向こうで申し訳なさそうに会釈をした。


 サラをまっすぐに送り届ける良識だけはあったようだ。モニカは彼から顔をそむけると、手首を強くにぎりしめた。

 この男のせいで、サラの評判はがた落ちになってしまうかもしれない。




 サラはホールの階段のいちばん下に座り、アプリコット色のドレスの裾をちまちまといじっていた。


「少しは反省しているようね」

 モニカは、サラから数歩離れたところで立ち止まった。サラはうつむいたまま唇を固く結んでいる。


「……ベネット卿と何の話をしてたの?」

 ようやくサラが口を開いた。


 モニカはわざと深いため息をついて、なにも答えなかった。


 地下の方から使用人達のにぎやかな話し声が、わずかに漏れ聞こえている。


 サラはすくっと立ち上がり、階段を音もなくのぼりはじめた。


「ふしだらな子だと噂が広がらないように、祈るしかないわね!」


 モニカはサラの背中に向かって大声を出した。

 サラを簡単に許す気にはなれない。婚約をしていない男性と二人きりになるなと、あれほど言っていたのに。


「可哀想なベネット卿」


 サラが振り返り、小馬鹿にするように笑った。

「ふしだらなのは自分でしょ!?」


「何ですって?」

 モニカは顔をしかめた。


「随分楽しそうに踊ってたわね。私の方が付添人かと思ったわ。公爵夫人が男あさりに来ていたって、噂になるんじゃない!?」


 モニカは目を見開き、思わず後ずさりをした。


 そんなこと、考えもしていなかった。

 確かに、付添人の立場を少し忘れていたかもしれない。


 遠くから聞こえる使用人達の賑わう声が、社交界の笑い声のように聞こえた。


 再びあざけるように笑ったサラ。モニカは歯を食いしばった。

 いつの間に、こんなに小憎たらしくなったんだろう。


 二人がにらみ合う中、エイミーがちらりと覗きに来て、また下がっていった。


 気の抜けるような玄関ドアの開く音が聞こえた。

「どうしたんだい?外まで声が漏れていたよ」


 モニカは紳士クラブから帰ってきたサミュエルに、つかつかと歩みよって迫った。

「サミュエル、聞いて。サラったら知らない男性にここまで送らせてきたのよ。私を会場に置いてきぼりにして、二人っきりで!」


 サミュエルは呑気に微笑みを浮かべると、彼女の額に音をたててキスをした。

「それは、いけないね」


「卑怯よモニカ!公爵はモニカの味方をするに決まってるじゃない!公爵、あなたの愛妻は若い男に色目を使って、派手に踊りまくっていましたよ!」

 サラが激しくまくしたてた。

 モニカは息を呑んだ。


 ホールに居心地の悪い静けさが広がった。


 サミュエルはゆっくりとシルクハットを脱いで、額にかかる髪を払いのけた。

「それが何か?」


 サラは鼻にしわを寄せながら爪を噛んだ。


「サ、サミュエルはそんな小さなことを気にしたりしないわ。ただの社交だって分かっているもの」

 モニカはサミュエルの腕にしがみついて、目をやたらと輝かせながら彼を見上げた。まだ少し、胸の動悸は早い。


「サラ、彼女を侮辱するのは、僕を侮辱しているのと同じだよ」


 サラが腕を真下に下ろして歯を食いしばった。


 モニカはサラにわずかに歩みよった。一人で戦う妹の姿がなんだか憐れに見えてきた。


「サラ、もう──」

 サラが鼻で笑った。

「公爵、今日の様子からすると、モニカはあなたに満足していないようですよ?」


 サミュエルはぞっとするような真顔でサラを見つめた。

「……言ってくれるね」


 サラはひどくたじろいで、視線でモニカに救いを求めた。

 モニカは力なく首を横に振った。


「サラ、もうこれ以上はやめましょう。……あなたの気持ちも分からないでもないわ。ベネット卿は人気者ですものね。……だけど引け目を感じることはないのよ?彼はお金がないことは気にしないと言ってくれたわ」


「……うちのこと、彼に話したの?」

 サラが声を震わせた。

「とっくに知っていたわよ」

 モニカはなげやりに答えた。


 サラの顔がリンゴのように真っ赤になった。


「……もういい。もういいわ。もうモニカはどこにもついてこないで。これからは公爵のお母様に頼むから!」


 サラは背を向けて、階段をダンダンと踏み鳴らしながら上っていった。


「サラ!ベネット卿は今日プロポーズするつもりだったのよ!」

 モニカは声を張り上げた。


 サラは体を凍りつかせた。そして抑えきれないうめき声を漏らして、走り去っていった。


 両手をもみ合わせながら、モニカはそわそわと動いた。

 二人を後押ししたいのに、このままでは付いて行くことができない。



「ベネット卿ね」

 サミュエルがふいにつぶやいた。


「あの背の高い男だろう」

 瞳の輝きを無くしたサミュエルが、やけに穏やかに尋ねた。


 モニカは静かな表情の彼と見つめ合ううちに、あやまちでも犯したような気分になった。


「こ、この前サラとわたしが公園に行ってたでしょう?そ、そのときのサラのお相手がベネット卿だったのよ!それで今日の舞踏会も彼と一緒だったんだけど、二人はお互い夢中──いえ、違った、今日の二人はすごく……こじれてしまって。サラがいじけちゃったせいなのよ!だけど公園を散策したときはとてもいい雰囲気で──」

「ずいぶんとおしゃべりだね」

 ぽつりとサミュエルが言った。


 モニカは二枚貝のように口を閉ざした。


「……踊ったのは何人?」

 サミュエルはシルクハットで口元を覆った。


「サラの?」

 サミュエルが弱々しく笑った。

「違う、君のだよ」


 モニカは視線を上げながら、頭の中で相手の人数をかぞえた。


「……たったの五人だけよ」

 ベネット卿はサラの話をすることが目的だったので、数には入れなかった。


「なるほど」

 サミュエルが帽子のほこりを入念にはらい落とした。

「君はダンスが好きだからね」

 彼はめったに見せないおどけた顔で、肩をすくめた。


 サミュエルのいつもより青白い肌をモニカはじっと見つめた。

 サラの言葉を真に受けているのだろうか。


 モニカはこわばったサミュエルの手から帽子を取りあげて、猫のように彼に体を擦り寄せた。


「誰と踊っても満足できなかったの。なぜなのかしら……」

 そう言ったあと、じわっと頬が熱くなった。これではまるで誘っているみたいだ。


 サミュエルは彼女の瞳を覗きこんで、うなじに手のひらをすべらせた。ぞくぞくと震える様子をつぶさに見つめられて、モニカはたまらずに目を閉じた。


 キスをしようとしたサミュエルが、思い直したように触れる手前で止まった。


「部屋に行こうか」

 彼が手を掴んだ。痛いほど強く。


「待って……三十分だけ。準備させて……」


 余裕なくささやいたモニカに、サミュエルは少し顔をゆがめてうなずいた。

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