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白い結婚の溶ける日──公爵の隠された狂愛──  作者: あおき華


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第27話 サラの恋

 リーデン中心部の格式高いダンスホール――ブラックスで開かれた舞踏会。

 参加者は付き添いも合わせたら、二百人を超えるぐらいだろうか。結婚相手を探す男女で広いホールは埋め尽くされていた。


 モニカはサラとメリッサと並んで、壁際の猫脚の椅子に座った。


 遠くでペアになって踊る、黒髪に褐色の肌の男性。モニカの心臓がドキリとはねた。

 よくよく顔を見ると、ダミアンとは似ても似つかない。

 神経質になりすぎている自分に気づき、モニカはうなだれて目を閉じた。


 父に話を聞いてから二日が経っていたが、まだ心は消耗していた。

 以前のダミアンは一人娘のアビゲイルを放置するような人ではなかった。

 二人きりの家族。むしろ溺愛して、かなり甘やかしていた。


「あの子なかなかやるわね」


 物思いに耽っていたモニカを、メリッサの声が現実に戻した。サラがいつの間にか、ずば抜けて背の高い男性と踊っている。


 サラが練習の何倍も下手に踊りながらもじもじと下を向いた。周りから頭ひとつ飛び出た男性は、熱のこもった視線をサラに注いでいる。


「お義母様、あの男性をご存知ですか?」

 モニカは前のめりになって、サラと男性を目で追った。

 年頃は釣り合いがとれていそうだ。男性の顔つきは誠実に見えないこともない。


「彼はベネット子爵よ。あなたも名前は聞いたことがあるでしょう」

 モニカは口を大きく開けた。


 曲が変わって別の相手と踊っている間も、二人はお互いを盗み見あっては目をそらしている。見ているこっちの胸までもが高鳴った。


 サラのロマンスが、ダミアンのことを一時忘れさせてくれた。


 口を半開きにして二人を眺めているうちに、モニカは無性に数時間前に離れたサミュエルに会いたくてたまらなくなった。




 帰りの馬車の中で、サラは放心したようにガス灯のついた夜景を見ていた。


「今日の舞踏会、華やかだったわね」

 何気なさを装って、隣のサラに話しかけた。

 サラは口を閉ざしたままだ。


「三百人近く来てたらしいわよ」

 代わりに向かいのメリッサが答えた。

 モニカは義母におざなりに目を向けて、ぞんざいにうなずいた。


「誰かいい人はいた?何回か踊っていたでしょう?」


 サラは座り直して、モニカと距離を取った。

「……別に」

 頬は赤く染まっている。


 モニカは口を引き結んで、必死に笑みをかみ殺した。

「会場にすごく背の高くて感じのいい男性がいたわね。たしか、ええと、ベネット卿――」

「ちょっと疲れたから」

 サラは腕を抱えて目を閉じた。


 モニカは肩を落としてため息をついた。

 しつこかったかしら。


 メリッサが彼女を見ながらあきれたように、渋い顔をしていた。




 サラとベネット卿は、再び別の舞踏会で一緒になった。その時ベネット卿から渡されたメッセージカードをきっかけに、二人は一緒に王立公園を散策することになった。

 もちろんモニカも付添人として後ろからついてまわった。



 モニカは湖畔に立ち、肘に手をあてながら二人の乗るボートを見つめた。


 オールをこぐベネット卿の向かいで、サラが水面に手を伸ばしている。

 ボートが傾いて、モニカは一瞬息を止めた。

 二人は慌てた様子を見せたが、揺れが落ち着くと同時に声を出して笑いはじめた。


 とてもいい雰囲気だ。


 モニカは顎を高く上げた。

 同乗するのはさすがにどうかと思って、やめておいてよかった。




 アシュトン伯爵の主催する舞踏会当日、メリッサが夏風邪で寝込んでしまった。


「お義母様、では行ってまいります。無理なさらないで下さいね」

「ええ」

 義母は、がらがらの声でベッドの中から返事をした。


 メリッサの部屋を出て馬車に向かうと、玄関前で帰宅したばかりのレナードと鉢合わせをした。


「モニカ、早く!」

 待ちきれない様子で、サラが馬車の中から呼んでいる。


 レナードが何か言いたそうに口を開いて、なかなか声を出さない。

「どうかしたの?」


「モニカ、今日ベイカー通りでアビゲイルに似た子供を見かけたんだ。一人きりで、ずいぶん汚れてたけど」

 表情を曇らせながら、レナードは言った。


 モニカは一瞬言葉を失った。


「ア、アビゲイルはお父様が面倒をみているはずよ。……いえ、きっともう、ダミアンも帰って来ているはずだわ」


 レナードは顔をそらして、眉を触った。

「やっぱり見間違いかな。僕を見て逃げて行った気がしたから、少し気になってさ」


 もしかして、ダミアンを探しに……?


 モニカは首を左右に振った。

 まさかね。リーデンはボートンから子供一人で来られるような場所じゃないわ。


 


 午後九時半過ぎに会場に着くと、モニカとサラはアシュトン伯爵夫妻に挨拶をして、大広間に入った。


 既に二十人ほどが中に通されている。サラが胸の前で両手を組んでキョロキョロと室内を見回していた。


「ベネット卿はまだみたいね」

 耳打ちをしたモニカを、サラはもじもじとしながらにらんだ。


 部屋の奥の上座に座ると、窓際に立つ目立つ男女の集団が、あけすけにサラに視線を向けていることに気がついた。

 軽く会釈したサラ。女性たちは取り澄ました顔で目をそらした。


 三人の女性はサラと同い年ぐらい、二人の男性は私と同い年ぐらいかしら。


 彼らの会話の中から"ボートン"、そして、"困窮"という言葉がかすかに聞こえた。

 モニカは少し、耳を塞ぎたくなった。


 時折彼らから聞こえる笑い声に、サラが膝の上の扇子を強く握りしめている。

 モニカは縮こまったサラの、こわばった腕に軽く手を触れた。

 人付き合いが苦手なのは、姉妹で同じのようだ。


 もうすぐ十時。人も増えてきた。


「ねえモニカ。私、()()()()()()って気持ち、分かった気がする」

 サラがぽつりと言った。


 ベネット卿が焦った様子で大広間に入ってきた。


 サラがぱっと表情を明るくして立ち上がった。窓際にいた男女が急にベネット卿を取り囲んで、賑やかに話しかけだした。

 知り合い……というより仲間だったようだ。


 ベネット卿は彼らに気さくに相槌を打っている。

 サラは静かに椅子に座り直すと、爪を噛んで、はっと止めた。


 こわばったサラの顔を、ベネット卿が気にして見ている。


「サラ、ベネット卿が話しかけにくそうよ」

 サラは口を固く結んで、首を横に振った。




 サラのダンスカードのリストはベネット卿以外の名前で埋め尽くされてしまった。


 モニカは小さなため息をついた。

 サラは楽しそうなふりをして口髭の男性と踊っている。明らかにベネット卿に見せつけていた。

 最初はサラを目で追い続けていたベネット卿も、次第に対抗するように他の女性たちと親しげに踊りだした。



 小編成のオーケストラの華やかな演奏に合わせて高揚して踊るゲストたち。その中でサラとベネット卿はなんとか笑顔を保っている。

 二人とも輝きを無くして、まるで何もない部屋にひとりぼっちでいるみたいだ。


 むなしい戦いを見ながら、モニカは胸を拳でさすった。


 カドリールが始まった。相変わらずサラは意地をはって空元気に踊っている。

 うつむきがちなベネット卿がとぼとぼと歩いて来て隣に座った。


 モニカは背すじを伸ばした。何と言っていいのか分からない。ベネット卿も黙りこんだままだ。


 ワルツが始まると、ベネット卿が立ち上がり、モニカにお辞儀をした。


「踊っていただけますか?」


「……私は付き添いですから」

 モニカは失礼にならないようにほほえんだ。 


「誰とも踊ってもらえないんです」

 ベネット卿はあからさまな嘘をつきながら、泣きそうな顔で笑った。


 サラの話をしたいのだろう。まわりには耳をそばだてている付添人たちがいる。モニカはうなずいて、ベネット卿の手をとった。




「ダンスがお上手ですね」

 ベネット卿が沈んだ顔で社交辞令を言った。


「ありがとうございます」

「歌もお上手だと、……ミス・ウェルズから聞きました」


 モニカは唇を強く噛み締めた。

『ミス・ウェルズ』が、やけに切なく聞こえた。ファーストネームを呼び合うこともないまま、二人は終わってしまうのだろうか。


 モニカは遠くで不自然に立ち止まっているサラと視線を合わせた。

「……恋は苦しいものですね」


 ベネット卿がさっと目を伏せた。


「サラはちょっと、へそを曲げているだけです。どうか許してください」


「……僕は彼女に何かしてしまったんでしょうか」


 モニカは首を横に振った。

「少し、あなたのお友達と馬が合わなかっただけです」


「彼らに何か言われたんですか」

「いえ」

 ベネット卿の灰色の瞳が鋭く光った。そうだと言えば、何かトラブルでも起きかねない気がした。


 少し沈黙したあと、彼は口を開いた。

「実は今日、結婚を申し込むつもりでした」


 モニカは目を見開いた。今日で会うのは四回目だったはずだ。少し早すぎるのではないかと感じた。


「誰にも渡したくないんです」

 ベネット卿は頬を赤くして、言い訳をするようにつぶやいた。


 モニカはこくりと相槌を打った。


 だけど彼は知っているのだろうか。


「ウェルズ家のことは、ご存じですか?」

 何気ないふりをして聞いた。


「……はい」

 没落した噂を耳にしているのだろう。ベネット卿は喉にひっかかるように答えた。


 モニカは唇をなめて、ためらいながら口を開いた。

「ウェルズ家には……、あなたの家に釣り合うような資産はとてもありません。それでも──」「かまいません」

 ベネット卿はきっぱりと言いきった。


「……そうですか」

 笑みを堪えきれなかった。


 ベネット卿が咳払いをした。

「あの、公爵夫人にちょっとしたお願いがあるのですが……」


「はい、何でしょう?」

「僕の素性について、彼女に伏せておいてもらえませんか?」


 思わず眉を寄せた。

 ベネット卿が少し視線を揺らした。

「僕自身を選んでほしいんです」


 モニカはベネット卿をじっと見つめて、柔らかく微笑んだ。

「分かりました」


 素敵な男性だ。サラの結婚はあっというまに決まってしまうかもしれない。

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