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白い結婚の溶ける日──公爵の隠された狂愛──  作者: あおき華


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第26話 ダミアンとの再会

 モニカはサミュエルの腕のなかで突如目覚めた。

 彼は規則正しい寝息をたてて、ぐっすりと眠っている。

 キツネの不気味な鋭い鳴き声。肘をついて窓を見ると、外はまだ薄暗かった。

 

 なぜか少し胸騒ぎがする。

 



 昼下がり、テイラー通りにサラと出かけた。


 採寸を終え、先に店先で待っていたサラが、いつの間にか居なくなっていた。モニカはあわてて靴屋から外の通りにとび出した。


 サラはこの辺りの土地勘がまだない。モニカは首を大きく左右に振って辺りを見回した。彼女の前を馬車と歩行者が無関心に通りすぎて行った。


 しばらく周辺でうろつきながらサラを待った後、モニカはためらいがちにずっと同じ場所で客待ちをしている娼婦に近付いた。


「あ、あの……濃いブロンドの()を見ませんでしたか?」


 無表情の娼婦は顎で近くの路地をさした。




 両脇に建物が迫る細い路地。日当たりが悪く、何かの腐ったようなつんとした臭いがした。


 モニカはうずくまって寝る男を足早に避けた。こんな物騒な路地にサラが本当に入るだろうか。

 大通りの喧騒が遠のいていった。


 泣き声混じりの悲鳴が聞こえた。


 地面に屈んだ男の下に、金褐色の乱れた長い髪が見えた。


「サラ!」


 モニカは靴を脱いで男に投げつけ、耳をつんざくような悲鳴をあげた。異常な目付きのひどく汚れた男が、たじろいで奥に走っていった。


 足が地面に縫い付けられたかのように動かなかった。モニカは息を止めて、なんとか過呼吸をおさえた。


 サラは無事だったんだろうか。心の中で祈りながら、外していた視線をようやく戻した。


 手をついて震える体をゆっくりと起こした人物。サラではなかった。

 モニカは呆然として見ず知らずの女性を見つめた。


 殴られたのか、口元が切れている。


「……大丈夫ですか?」

 モニカはかすれ声で聞いた。


 女性は髪で顔を隠してうなずくと、身をかがめて走り去っていった。


 モニカは顔を両手で大きくぬぐって長い息をはきだした。




 また大通りに戻ってあてもなくサラを探した。テイラー通りを二往復した所で、向かいから歩いてくるサラをようやく見つけた。


 モニカは十字を切って空を仰ぎ見た。サラを思い切り揺さぶってやりたい。


 こちらに走ってくるサラの後ろに、山高帽のつばを軽く上げるダミアンの姿が見えた。


「モニカ!」


 腕をつかむサラに遮られてダミアンが視界から隠れた。止まっていた思考が、やっと動き出した。


「道に迷っちゃって……。ダミアンが助けてくれたの」

 サラはダミアンを振りかえると、顔を引き締めて軽く会釈をした。


 もう、会いたくなかったのに。


 モニカは唇を噛んで地面を見下ろした。胃がぎゅっと締め付けられるように感じる。


「サラが危険な通りに入る所を見かけてね。急いで止めに行ったんだよ」

 ダミアンが歩み寄ってじっと目を合わせた。

「元気にしてたかい?」


 モニカは明らかに痩せてしまった彼に動じて、素早く目をそらした。


「……感謝します」

 ぼそりと言うと、ダミアンの乾いた笑い声が聞こえた。


「冷たいねモニカ。僕はもう用無しってわけか」


 モニカはぐっと口を引き結んで、ダミアンに視線を戻した。ダミアンは急に顔をこわばらせて、口を開けたまま言葉を無くした。


「サラ。帰りましょう」


「何だか、顔つきが少し変わったみたいだ……まるで……」

 ダミアンが、視線を彼女の体に下げた。


 モニカは無意識に、お腹に両手をあてた。

 彼のブロンズ色の額に浮いた青筋。

 早く離れたほうがいいと、本能が騒ぎ始めた。


 モニカは困惑気味のサラの手を引き、きびすを返した。


「モニカ!」

 後ろから、ダミアンの声が聞こえる。

「モニカ、どうしちゃったの?ダミアンが呼んでるわ……」

 サラが足を止めて動こうとしない。


 ぎこちなく振り向くと、ダミアンはピンと張った指先で自分の首筋を撫で下ろした。


 なに?

 モニカは激しくまばたきをしながら首を片手で隠した。


 ダミアンは背を向けて人の流れに紛れていった。



 真横に構える大きな書店。モニカはショーウィンドウに自分の姿を映して、首のあたりに目を凝らした。

 顔がかっと熱くなった。


 首筋にサミュエルが強く吸ったキスの痕が残っていた。





 クリストファーがやって来たのはその一週間後だった。


 以前とは見違えるように表情が生き生きとして、背筋も伸び、すっかり五十九歳の年相応の姿に戻っている。

 玄関ホールで、モニカは子供の頃のように思い切り父に抱きついた。


「心配をかけたね」

 彼女を抱き締める父の腕は以前のように力強い。


 エバンスは、重度の貧血だったと言っていた。


「ごめんなさい、お父様。私のせいで」

 モニカは顔を歪めて父を見上げた。


「やめてくれ、モニカ。お前にどれだけ救われてきたか……」



 サミュエルと書斎で話終えたあと、クリストファーは早くも帰ると言い出した。


「お父様、もっといてくれたらいいのに……」

 サミュエルと双子達とで、父を見送った。


「いや実はな、今アビゲイルを預かっているんだ。早く帰ってやらないと」

「ア、アビゲイルを?ど、どうしてお父様が?」

 モニカは両手を組んで、握りしめた。


 クリストファーはいらだたしげなため息をついた。

「ダミアンがな……屋敷に帰らないんだよ。アビゲイルを放置したままでずっと」

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