第21話 過激なナイトドレス
モニカは馬車の座席から身を乗り出した。窓からバロック様式の豪壮な邸宅が見えてきた。
雲ひとつない空の下、翼のように左右に広がるレイクフォード・ハウス。これまで冷たく突き放すように見えていたこの邸宅が、今日は両手を広げて迎え入れてくれている気がする。
馬車がスピードを落として紋章の掲げられた正門をくぐった。隣に座るサラが屋敷を見ながらモニカの右腕を両手で握りしめた。
サラの気持ちはよくわかる。私も初めて来たときはそうだった。
モニカは腕をつかむ妹の手に手を重ね、サラがよちよち歩きだった頃と同じようにほほえみかけた。
「たったの三日間しか空けてないのに、懐かしい気がするわ」
向かいのサミュエルに話しかけたが、返事はなかった。脚を組んだ彼のつま先だけはやたらと彼女の脚に当たっていた。
馬車を降りるときに無言で差し出された彼の手を引いて、モニカはサラと距離を取った。幸いサラは話しかけてくる執事と屋敷に気をとられている。
「不機嫌になるのはやめて。サラをここに置くのが嫌なら言ってちょうだい。ボートンに連れて帰るから」
サミュエルは急に、ピリッとするほど据わった目でモニカを見下ろした。
「ボートンに戻るのはだめだとさっき言っただろう。僕はただ、妹にかまけてレイクフォード公爵夫人であることを忘れてほしくないだけだ」
モニカは首を横に力強く振った。
「サラの面倒を見ても公爵家のことをおろそかにしたりしないわ。約束する。もともとそんなに必要とされることもなかったけど……」
サミュエルはかっと目を見開いて何かを言いかけたが、モニカが後ずさりをすると固く唇を閉じた。
サラが立ちつくしてこちらをうかがっている。
いったい私はどうすればいいの?
とまどううちに、サミュエルは大股で屋敷に向かってしまった。
今夜の予定は、きっともう白紙だわ。
モニカはうなだれて無機質な石畳を見つめた。やけに視界がぼんやりとして見えた。
「 モニカ?」
弱々しい妹の声が聞こえた。
サラが気にするわ。
息を吸い込んで、モニカは沈んだ顔に笑顔を貼りつけた。
「行きましょう、サラ」
サラの背中に手をあてて、モニカは重い足どりで屋敷に向かった。
ホールに入るとサミュエルは執事と話し込んでいた。
サラは天井まで届くほどの巨大な絵画に目を奪われたあと、借りてきた猫のようにちょこんと椅子に座った。
できれば、サラをここで社交界デビューさせてあげたい。モニカはサラの隣に腰かけて、サミュエルが話終わるのを待っていた。
サミュエルが颯爽と近付いてきた。
「女中を急いでボートンに向かわせることにしたよ。ウェルズ卿の世話はひとまず心配しなくてもいい。社交界のことは、君達のお父さんの返事を待ってからにしよう」
モニカはぎゅっとサラの手をつかんだ。
「え?ここにいていいの?」
サラはぽかんとしている。
体の緊張感がほどけて、旅の疲れがどっと押し寄せてきた。
サミュエルは明らかに嫌がっていたのに。ありがとうは言い過ぎて、もうなんと言っていいのか分からない。
モニカは立ち上がってサミュエルの体に腕を回し、胸に顔を押しあてた。
彼女の頬の下で彼の胸が大きく膨らんだ。 見上げると、ずっとこわばっていたサミュエルの表情が柔かくなっている。
「エバンスもじきに向かわせるよ」
モニカは再び顔を彼の胸に押し付けて、繰り返しうなずいた。
「君を一人占めできなくなってしまった」
サミュエルがモニカの髪をもてあそびながら少しだけ苦笑した。
「帰ってたのね」
メリッサが階段を優雅におりてきた。
サミュエルの腕の中にいる彼女を見て、細く整った眉が両方上がった。目がわずかに笑っている。
「あら、あなたは?」
メリッサは指の関節を唇にあて、じろじろとサラを眺めた。
「サラ・ウェルズです」
サラはひどくかしこまっている。
「モニカの妹のサラですよ。会ったことはあるでしょう」
メリッサがぎょっと目を見開いた。
バラのつぼみのようだった男爵令嬢は、村娘に変わりはてていた。
「ボートンにはまともな店はないの?」
サミュエルがさえぎる様に咳払いをした。
「サラをここで預かって社交界デビューさせることにしました。母上もそのおつもりで」
「社交界デビュー?え?」
メリッサはかん高く繰り返しながら、モニカに目で問いかけた。
「お母様、妹を少しの間ここに置いてもかまわないでしょうか?」
モニカはピリピリとしながらメリッサを見つめた。つい、組んだ手に力がこもった。
「あ、ええまあ、別に構わないけど……」
メリッサは今度は好奇心むき出しの目でサラを眺めまわした。
「デビュタント……ふーん、そう……忙しくなるわね」
世話心に火がついたのだろうか。義母は急に生き生きとしだして、十歳は若返ったように見えた。
サラの為に用意した部屋で過ごした後、モニカは自室に戻りエイミーと荷ほどきをした。
服を吊るそうと大型のキャビネットを開けると、数着しか入っていなかったキャビネットの中にドレスがぎっしりと収納されていた。
「エイミー、これはどうしたの?」
エイミーが鞄から顔を上げてぱちぱちとまばたきをした。
「あ!そうでした!奥さまのドレスが見つかったので、戻させていただんです。シルビアさんが隠し持っていたんですよ。捨てたなんて言っておきながら」
エイミーは鞄をしまいながら、少し早口で言った。
「売り払うつもりだったんですね、きっと」
興奮していて、ちょっと誇らしげだ。
「エイミー、今度のこと、本当にありがとう。あなたは行動力のある凄い人ね。私も見習わなくちゃ」
「奥様、そんな。私、大したことはしていません」
エイミーはかかとを上下に弾ませて、はにかみながら目を伏せた。
モニカは指でドレスをなぞった。
確かに見覚えのあるものばかりだ。帽子やコートまで戻ってきた。後でサラの所に何着か持っていこう。
エイミーがベッドの上から紙箱を持ってきた。
「あの、こちらを旦那様からお預かりしていました。奥様への贈り物だそうです」
「贈り物?」
モニカは椅子に座り、笑みを浮かべながら箱をゆっくりと撫でた。いつの間に用意していたのかしら。
赤いリボンをほどいて蓋を開けた。
中には繊細な編みレースの、服のようなものが入っていた。幾何学模様に編まれた白いレースの隙間から、下に敷かれた桃色の紙が透けて見える。
「ショールかしら」
エイミーが後ろから覗きこんだ。
「ナイトドレスときいてますが……」
モニカは素早く蓋を閉じた。
ナイトドレス?これが?
エイミーが離れたのを確認して、箱をこっそりと開けて覗きこんだ。レース一枚仕立てで裏地もない。
広げて見なくても、扇情的なデザインであることは、容易に想像できた。
「奥様?お風邪ですか?」
「え?」また慌てて蓋を閉じた。
エイミーが自分の頬を指差した。
「お顔が真っ赤です……」
「い、いいえ、大丈夫」
モニカはエイミーに手のひらを向け、赤くなった顔を伏せて隠した。




