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白い結婚の溶ける日──公爵の隠された狂愛──  作者: あおき華


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第19話 呪縛からの解放

 番小屋の灯りが見えた。

 モニカは歩調をゆるめて脇腹をおさえた。

 全力で走ったせいで、差し込むような痛みがしていた。


 玄関ドアを閉めると、そこにもたれて、ずり落ちるように座り込んだ。

 ダミアンはきっと私を困らせたくて、あんなことを言ったのよ。


 窓からは、もう煙は見えなかった。



 モニカはサラと食堂で立ったり座ったりを繰り返しながら、二人の帰りを待った。


 帰ってきたサミュエルとレナードは、汗と煤まみれで、煙たいにおいをさせていた。



「骨組みだけになってしまった」

 サミュエルは長椅子にどさりと座り、足を投げ出した。


「しかたないわ。それよりも延焼しなくてよかった」


「亡くなったお母さんの温室だったんだろう?」

 そう言うと、サミュエルは前屈みになり、膝に肘をついて両手を固く組んだ。


 胸がチクチクと痛んだ。

 私は何ておぞましい人間なんだろう。火事を喜んでいたなんて。

 彼が無事で本当に良かった。


 モニカはお茶を出してサミュエルの隣に座った。


「カートライトを見かけたんだが、どうも様子がおかしかった気がするんだ」

 サミュエルの硬い声に、彼女の手に持った紅茶が揺れた。


「きっと火事がショックだったのよ」


 カタカタと音を鳴らしながら、ソーサーに乗ったカップをローテーブルに置いた。

 サミュエルは腑に落ちない表情で首をひねっていた。


 ダミアンは温室に火をつけた。たとえ自分のものでもそれは犯罪だった。


「ねえサム、早くリーデンに帰りましょうよ」

 モニカはサミュエルの肩に頭を預けて、かなり甘えるように言った。


 サミュエルはぱちぱちとまばたきをすると、一転して顔をほころばせ、彼女を抱きしめた。

「ああ、明日うちに帰ろう」


 サミュエルが鉄道時刻表をめくりだした。

 モニカはほっと息をついて、目を閉じた。




 サミュエルは長椅子に横たわり、考え込むように天井を見ながら寝てしまった。

 不眠症を感じさせないほど、深く眠っている。よほど疲れていたのだろう。


 モニカは長椅子に頭をのせて床に座り込んだ。

 温室のこと、ダミアンのことがぐるぐると頭から離れない。


 ぼんやりした目で暗闇を見ているうちに、気づけば朝日が差し込んでいた。




 モニカは一人、番小屋の外に出て、温室に向かった。


 朝もやの向こうに見える焼け跡。誰もいない。サミュエルの言っていたとおり、黒くなった骨組みだけがかろうじて残っていた。


 屋敷に目を向けた。人影は見えなかった。


 モニカは石積みの花壇に近づいた。あの日ここに座り、ぶらぶらと足を揺らしながら温室を見ていた。


 モニカはあの日と同じように石積みに座った。子供の頃はまったく足が届かなかったのに、今はしっかりと芝生の地面を踏みしめている。


 もう、あれから………十五年?そんなに?

 なんて長い間、とらわれているんだろう。

 

 近くの茂みの下で、子猫達に乳を飲ませる三毛猫がいた。野良猫が住み着いたのだろうか。モニカはその様子を顔をほころばせながら見つめた。



 子供の頃は、いつも母の姿を探していた。


 そこにいながらも、心はどこかに旅をしているような、つかみどころのなかった母。

 虚ろな眼差しは、何かの心の病のせいだったのかもしれない。今になって思った。


 子猫が鳴いた。

 ふいに、記憶の蓋が開いた。


 偶然子猫を見つけて、母と一緒に抱いた。

 温室で、共に水やりをしたこともあった。母の膝に乗り、歌いながら頭を撫でられたこともあったのだ。 



 モニカは、あの日の母の姿をあえて思い出してみた。心はチクリと痛んだが、取り乱しはしなかった。


 背中をそらして朝の空気を深く吸い込むと、モニカは花壇から降りた。


 明るく照らされたオークの並木道の向こうに、こちらに歩いてくるサミュエルの姿が見えた。


「やっぱりここにいたんだね」

 サミュエルが彼女の肩を抱き寄せた。

 モニカは何のためらいもなく彼に体を預けた。



 屋敷の二階で、人影──ダミアンが動いた。


 モニカは彼に、わずかに会釈をした。

 これで会うのは最後だという意味を込めて。


 ダミアンが窓辺からすっと姿を消した。





 出発の前、モニカはサミュエルと一緒にクリストファーの部屋に向かった。


「ああ、モニカ、さすが私の娘だ……」


 リーデンで新しくあつらえた、小花柄の刺繍のモスリンのドレス。

 久しぶりにめかし込んだ姿を父に見せたモニカ。

 クリストファーは胸に手を当て、大げさにため息をついてみせた。


「お父様、火事のことを聞いた?」


「ああ、サラからね。……なに、大したことはない。ただの温室だ」

 クリストファーはどこかすっきりとした表情で、遠くを見ていた。


「もうリーデンに帰るのかい?」


「ええ、でもその前にお父様に話があるの」


 借金の話を始めた途端、サミュエルの片足がドアの方に向いた。モニカは構わずそのまま話を続けた。


 放心したように話を聞いていたクリストファーの顔が、次第に紅潮していった。


「何てことだ…………!どうして……昨日言って下さらなかったのです。何と、何と申し訳ないことを……」

 クリストファーが肩を丸めてうめいた。


「いつか……」

 そう言いかけて、クリストファーは言葉を切った。

 父には、サミュエルにお金を返す術が無い。


「ウェルズ卿、どうか、お気になさらず。……ただ、そうですね、借金をしてまでの投資は、もうお辞めになったほうがよいかと……」


 サミュエルが視線を行き来させながら言うと、クリストファーはがくりと頭を垂れた。


「ああ……お恥ずかしい限りです。ダミアンに誘われるまで、興味など無かったのですが……いや、これは言い訳にしかなりませんな……」


 一瞬、サミュエルが眉間に深いしわを刻んだ。

「ミスター・カートライトですか……。名前からすると、彼はもともと馬車の職人の家系ですね?」


「ええ、そうです。立派な職人の家系ですよ。ダミアンも昔は時折、父親を手伝って車輪を作っていました。それが、なにか?」


 サミュエルが口を引き結んで、しばらくの間黙りこんだ。


「ここを引っ越してはどうでしょうか。レイクフォードには部屋が有り余っていますし、ここと同じぐらい自然豊かですよ」


 モニカはサミュエルの腕の中に倒れこんで、彼を見上げた。

「サミュエル、ほ、本当にいいの?」


「公爵……それはできません。そこまであなたに頼ってしまっては、我が家の、……我が家の誇りは全て失われてしまいます」

 クリストファーは目を見開きながらそう言うと、顔をそむけた。


「お父様、そうしましょうよ。きっとここよりずっと快適よ?」

 あまり、父にダミアンのそばにいて欲しくない。


「だめだ。お前も公爵に甘えすぎてはいけないよ」


「お父様、でも……」

「何度も言わすな」


 クリストファーは口調を荒げて、椅子にぐったりともたれた。一連の会話ですっかり疲れてしまったようだった。


 結局、クリストファーを説得することができないまま、出発予定の時刻になった。

 モニカは父、双子に別れを告げ、サミュエルと二人、ボートン駅に向かった。

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