表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白い結婚の溶ける日──公爵の隠された狂愛──  作者: あおき華


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/36

第16話 番小屋の公爵

 居間を兼ねた食堂にサミュエルを残し、炊事場に向かった。

 料理人なんてもちろんいない。夕食を作るのはモニカとサラの担当だ。


 モニカは陽気に鼻歌を歌いながら、レナードの釣った魚をソテーした。


「ねえモニカ……今日の返済はどうなったの?」

 鬱々とした声。

 モニカはようやく、隣のサラが鍋のスープを重苦しく混ぜていることに気がついた。


「ああ、サラ。大丈夫!大丈夫よ!あなたは何も心配しなくていいの」

 鉄製の返しヘラを目の前でぶんぶんと振りながら、モニカはこらえきれずにやけた。


 サラは鉄のヘラを押しのけて詰め寄った。

「何で?ダミアンが返済を待ってくれたの?それとも──」

「後で説明するわ」


 サミュエルから双子達に伝えてもらわなくては。サラが大喜びする瞬間を、彼と一緒に見たい。


 サラが彼女をじろじろと見つめた。


「公爵はモニカを迎えにきたの?」

「あ、え、まあ……」

「……またリーデンで暮らすのね」

 

 モニカは鉄ベラをいじりながら、目を伏せた。


「ねえ、公爵が来たことが、そんなに嬉しいの?」


 モニカは肩でサラを小突いた。

 サラは、鼻にしわをよせて首をかしげた。




 ろうそくに柔らかく照らされた食堂。モニカは小さなダイニングテーブルを、サミュエルと双子達とで囲んだ。


「ウェルズ卿は?」

 クリストファーの部屋の向きに視線を上げて、サミュエルが尋ねた。


「お父様はいつも部屋で食べてるの。気にしないで」

 モニカは軽く言いながら膝を落ちつきなくさすった。

 クリストファーが階段を上り下りするのもつらくなっているとは、口にしたくはなかった。


 神に祈りを捧げ、静かな食事が始まった。


 前回彼が来た時は、挙式前。

 みなで正装をして、ボートン・ホールのダイニングルームで給仕されながら食事をしたのに。


 サラとレナードは居心地悪そうに、猫背になってサミュエルをちらちらと見ている。


 サミュエルは、暖炉の煙で煤けた部屋や素人の料理、落ちぶれきったウェルズ家の面々に、今はまるで動じていない。

 

 双子達を気遣ってのことだろう。

 

 無駄話は嫌いなのに、当たり障りの無い話題を自分から双子にふって、焦げた魚のソテーさえ褒めた。


 モニカは、サミュエルの真摯な横顔を、魅入られたように見つめた。


 サミュエルは、思いやりがあって、おごらず、寛大な素晴らしい人だ。

 早くあの話を──彼の素晴らしさを二人にも知ってほしい……


 モニカは隣のサミュエルの肩をトントンと叩いて、小首をかしげた。


 サミュエルはじっと目を見つめながらその手を取り、しっとりと口づけをした。


「なんだい?」

 甘いはちみつのような声。

 双子達の前で、危うくサミュエルにしなだれかかりそうになった。


 父の部屋を出てきてから、サミュエルは、彼女に対してなぜか格段に情熱的だった。


 モニカは微笑みながら首を横に振った。

「二人にもあの話をしないと」


「ああ……」

 サミュエルはグラスを口に運び喉を潤すと、中の薄いエールに顔をしかめてテーブルに置いた。

 そしてしばらく宙を眺め、何事も無かったようにまた食事を始めた。


「サミュエル」


「別に今じゃなくてもいいだろう。後日君から手紙でも書いて、伝えればいい」


 モニカはサミュエルをまじまじと見た後、ゆっくりと正面を向いて口を閉ざした。


 手紙でも書いて、伝えればいいですって?


 延々と繰り返される天気と釣りの話。うんざりとしてきたモニカは、突然口を開いた。


「レナード、サラ、聞いて。サミュエルが借金を払ってくれることになったの」


 レナードとサラが固まった。サミュエルまでもが。

 あまりにも沈黙が続くので、モニカは何かまずいことでも言ったような気分になった。


 サラがテーブルにのせた手をかたく握りしめた。  

「公爵……モニカの話は本当ですか?」


 サミュエルは首の後ろをこすりながら、もの言いたげにモニカを見たあと、視線を双子に戻した。


「……ああ。もう君達は、借金のことで悩まなくてもいい。あとは僕が処理するよ」

 サミュエルは二人の様子を見つつ、ゆっくりと慎重に話した。


 サラが突然椅子を倒して立ち上がり、黄色い喜声をあげた。


「嘘みたい! ほんと? ほんとに? そうしてもらえたらって、ずっとずっと思ってたの!」

 サラが激しくまくし立てた。


「サ、サラ。そんなこと、一度も言わなかったじゃない」

 サラの言葉に、モニカはたじろいだ。

 サミュエルに頼れない私を、やっぱりもどかしく思っていたのだろうか。


 サラははっと口をおさえて、モニカに抱きついた。

「うそよモニカ、うそうそ! ああ、感謝します公爵! あなたは血も涙もない人じゃなかったんですね!」 


「サ、サラ!」

 

 サミュエルは軽く肩をすくめただけだった。


「信じられない!嘘みたい!」

 サラが小躍りしている。


 サラの紅潮した顔。目にはうっすらと涙が浮かんでいた。


 こんなに明るい妹は、いつ以来だろう。


 マナーも忘れて落ち着きなく動きまわるサラの姿が、胸にじんと響いた。


 モニカはサミュエルに、心から湧き上がる言葉をささやいた。

「ありがとうサミュエル」


 サミュエルは目を見開き、高い頬骨のあたりをうっすらと染めた。

 ろうそくの灯りが映り込み、彼女に注がれるサミュエルの視線が、繊細な宝石のようにきらきらと輝いた。


 なんて綺麗なのかしら。


 テーブルの下、モニカはいつの間にか彼と手をつないでいた。


 やっとサラが席に戻った。

 レナードは一人、気の抜けたように椅子に沈み込んでいる。


「レナード、もう炭鉱の話は無しよ」

 モニカは茶化しながら弟に声をかけた。


 レナードは頬を膨らませて、髪を手でかき乱した。

「でも生活費を稼がないと」


「レナード!」

 モニカは勢いよく立ち上がった。

 サミュエルが少し身を乗り出した。

「炭鉱って?」


「バドリー鉱山で働くって言うのよ」

 モニカは両目を手で覆ってため息をついた。


「バドリー鉱山だって?」

 サミュエルは、まだまだ線の細いレナードに険しい視線を向けた。


「レナード。この前の事故では三百人以上が犠牲になったんだよ」


「知ってますよ」

 ふてぶてしくレナードは答えた。


「モニカを不安にさせることはやめるんだ」 

 サミュエルが威圧的に言った。


「この人、この前モニカと別れようとしてなかった?」 

 レナードが大きなひそひそ話でサラに問いかけた。サミュエルは急に喉で変な音をたててむせ込んだ。


「とにかく、いくらか置いていくから、やめるんだ」

「お願いレナード、やめてちょうだい!」

「レナード!」


 皆の視線を浴びて、レナードは邪魔臭そうに手を振った。

「分かったよ……」


「分かったよじゃないわよ!あんたもお礼を言いなさいよ」

 サラがレナードの椅子を蹴った。

 レナードはぶつくさと言いながら立ち上がり、サミュエルにぺこりと頭を下げてへらへらと笑った。


 モニカは唖然としたサミュエルの顔から目をそらし、顔を両手で隠した。


 お父様も私も、双子を甘やかしすぎたわ……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ