第14話 睨み合い
ダミアンが芝居がかったお辞儀をした。
「これはこれは、閣下。我が家にお越しいただけるとは、まことに光栄です」
サミュエルは眉をぐっと寄せて敵意をむき出しにした。
「我が家?」
「おや、閣下は奥様の事を、あまりご存知ないようですね?」
ダミアンは薄ら笑いを浮かべて高らかに言った。
サミュエルは目を剥いて、ダミアンを重く睨みつけた。
「サミュエル、あの──」
「私が借金の返済代わりにボートンホールをもらい受けたことを、彼女から聞いていないんでしょう?」
サミュエルはいぶかしげに目を細めた。
「何だって?」
「勘違いしないで下さいよ?私は借金を全て立て替えて助けてあげたんです。彼女達は取り立てに苦しんで、食べるにも困っていましたからね」
サミュエルは疑わしげな表情で、腕の中のモニカを見下ろした。
モニカはダミアンを呪いながら、目を強くつぶりうなずいた。
「本当なのか?」
背中にまわされたサミュエルの手が緩んだ。
「どうして」
モニカは足をそわそわと動かした。
「お父様が、その、投資に失敗して……」
「食べるにも困っていただって?」
つま先から頭の天辺まで、燃え上がるように熱くなった。
モニカは思わず彼から離れて、自分の体に腕を巻きつけた。
「つましやかに野菜を育てる彼女達を見てあげてほしいですよ。あまりの住む世界の違いに、驚かれてしまうかもしれませんがね」
固唾を飲む音が聞こえた。
サミュエルはダミアンに近寄り、背筋を伸ばして彼と対峙した。
「あなたへの借金は、まだ残っているんですか?」
ダミアンがピクリとまぶたを動かして、腕を組んだ。
「……ええ、まあ」
「いくらです?」
ダミアンはサミュエルをじろじろと見ると、顔をそむけて、顎をのんびりと擦った。
「いくらですか、ミスター・カートライト」
サミュエルが語気を強めた。
ダミアンは深いため息をついた。
「八千ポンドですよ」
サミュエルは視線を上げて黙り込んだ。
「サミュエル……」
「……分かりました。今度うちの家令を送ります。彼から受け取って下さい」
サミュエルはダミアンから顔をそらすと、目を閉じてこめかみを揉んだ。
モニカは強く組んだ両手を上下に揺らし、ぎくしゃくとサミュエルの顔色をうかがった。
八千ポンドは、彼にとっても決して小さな額ではないはずだった。
「あの、サミュエル……」
一歩近づくと、サミュエルは近づくなと言わんばかりに、手のひらでモニカを遮った。
もう一歩近づくと、今度は背を向けて数歩離れた。
「お、驚いたでしょう?」
気弱なモニカの声に、サミュエルからの返事は無かった。
モニカはこわばった彼の背中から目をそらし、ゆっくりと、ガラス貼りの高くまぶしい天井を仰ぎ見た。
彼は借金を引き受けてくれた。
だけど私に幻滅している。
自分が恐れていたことはこれだったのかと、今になってはっきりと分かった。
彼を初夜から拒絶して、跡継ぎもつくれなかった私に、借金まである。それに、みっともない暮らしぶり。
サミュエルの我慢が限界になるのも、当たり前だと思った。
くぐもった鼻声がついて出た。
「別れたい……?」
サミュエルは低くうなった。
「あ、あなたは、いつでも自由になれるわ……」
サミュエルが望むなら、泣き言を言わず、受け入れよう。
彼は、私に付き合って、もう三年以上無駄にしている。
彼ならいくらでも、高貴で、裕福で、喜んで務めを果たす妻を選べるのだ。
──そう割り切ろうとしても、気持ちは追いつかなかった。
モニカはうつむいて、正気を失った笑い声をもらした。
肩が、ふいに強く揺さぶられた。
あっけにとられる彼女を、いつの間にかそばまで来ていたサミュエルが、荒々しく抱き寄せた。
「早く言って欲しかっただけだ!」
苛立たしげな言葉の意味を呑み込むのに、少し時間がかかった。
脚ががくっと崩れて、あわててサミュエルの腕をつかんだ。
「どうして早く僕を頼らないんだ!」
ぽかんと口を開けて、サミュエルを見上げた。
「ま、また、嫌われるかと……」
サミュエルは険しい表情を徐々にゆるめた。
深く息を吸い込むと、サミュエルはどこか泣きそうな顔で、強くかぶりを振った。
モニカは浅い息を繰り返しながら、サミュエルを見つめた。
それは、どういう意味?
心の奥の弱い所が、サミュエルに素手で触られたかのように、敏感に震えた。
彼は、心が広すぎるわ。
私はいったい、彼にどう報いたらいいの……
モニカは目の前の彼の胸元に、ためらいがちに頬を添わせた。
彼の手が、モニカの頭を更に強く胸元に押し付けた。
少し硬い彼の指先が、指輪をはめた彼女の薬指を飽きることなく撫でている。
モニカは目を閉じて、心落ち着く彼の匂いを深く吸い込んだ。
じんわりと、胸の奥から温かさが広がり、体が喜んだ。
突然、夢心地を破る、大きくゆっくりとした拍手が響いた。
「実に!実に感動的ですね」
モニカはたじろいで、サミュエルから離れた。ダミアンに、全く気が回っていなかった。
ダミアンは、彼らしくない激しく興奮した目つきをしていた。
「よかったじゃないか、モニカ」
モニカはダミアンの鋭い視線に喉が詰まって、声が出せなかった。
「閣下。今日はボートンにお泊まりになるのでしょう?ぜひ、我が家でおもてなしさせてください」
ダミアンが両手を広げた仕草は、いつもと違ってぎこちなかった。
「いえ、結構です。彼女のところに泊まりますから」
サミュエルの言葉にはっとして、モニカは口に拳をあてた。ダミアンはさっき、番小屋の立ち退きをほのめかしていた。
「あの、ダミアン……番小屋は……」
「……モニカ、追い出したりするわけないじゃないか!僕達の仲だよ?」
サミュエルが表情を消して、遮るようにモニカの前に立った。
「ミスター・カートライト。これから彼女に用事がある時は、全て私を通してからにしてください」
ダミアンはしばらく黙り込むと、腰に手をあて、首を回して音を鳴らした。
「……閣下。それは、いささか干渉しすぎでは?私達は古い友人なんですよ?そうだろう?モニカ」
モニカは震える手を押さえつけた。
これまで助けてきてくれたダミアン。彼がいなければ、路頭に迷っていたかもしれない。
だけど、こうなってしまってはもう、以前の様に彼と付き合うことはできない……
じっとダミアンを見つめると、モニカは目を伏せて、素早く顔をそらした。
「モニカ……」
酷くしゃがれたダミアンの声が聞こえた。
「では、そういうことで」
サミュエルはモニカの手首をつかみ、大股でドアに向かった。
「モニカ!」
怒鳴り声に振り返ると、ダミアンが顔をまだらに紅潮させて、拳を握りしめていた。
モニカは微かな金切り声をあげてサミュエルの腕にしがみつき、出口に向かって足を速めた。




