5話
―――少年が血を吐いて倒れていた。
俺は思考停止した。
土煙がサーッと吹いた。
数秒たって、やっと意識がはっきりする。
それと同時に、少年の姿が詳細に視界に映った。
さっきまではアドレナリンのせいで、ぼんやりとしか見えていなかったのだ。
茶色に汚れたみすぼらしい服。
頬はやつれ、肌は土やすすにまみれ、そして全身傷だらけだ。
俺の世界の、奴隷のイメージによく似ている。
少年の左腕には、白い時計のようなものが付けられていた。
時計よりも構造的には簡単そうな作りをしている。
さっきの能力の発動装置だろうか。
そしてその時計の中央には、不思議に光る結晶がはめられていた。
あの能力を発動したときと同様、紫色に光っている。
だがさっきよりも明らかに光が弱まっており、今にも消えてしまいそうだ。
俺は少年に駆け寄る。
「大丈夫か!俺のこと、ちゃんと見えるか?」
「あ、あぁ。輪郭はな―――」
少年はガサガサな声で返事をした。
ひとまず、意識があって良かった。
「さっきはありがとう。けど、俺はどうすればいい?ここには医者はいるのか?」
「いない。もしいたとしても、治療は受けられな―――」
―――ガハッ!
少年がまた血を吐いた。
顔から血の気が引いていて、身体も苦しそうだ。
吐血するということは、内臓にダメージを追っているのかもしれない。
だが、少年は強靭な精神力でなんとか持ちこたえている。
しかし、どうして少年はこんなに苦しんでいるのか。
さっきのゴリラには殴られるどころか、むしろ圧倒していたはずだ。
では、少年は元から身体が弱かったのだろうか。
それとも、あの超能力が関係しているのだろうか。
「治療が受けられないってどういうことなんだ!君がこんなに苦しそうなのに―――」
俺は悲痛に満ちた言葉を漏らす。
医者の世界において、病気の患者に対して「治せません」と不安げに言うのはご法度らしい。
医学という権威の一端を担う医者自身が、その権威を失墜させてしまうことに繋がるからであろう。
だが、俺は医者でもなんでもない、非力な高校生だ。
俺が彼を治すことなんて、到底出来やしない。
パラパラ漫画のようにペラペラと移り変わっていく非現実的な光景に、俺は混乱し、疲弊していた。
すると、少年が横向けになり、こぼすようにして口内の血を出す。
そして、なんとか言葉を発する。
「俺たちは、『傷つけ、傷つけられて』、『殺し、殺され』―――『楽しませる』ために生きているんだ。治療は論外だ」
俺は言葉を失った。
というか、事実を噛むようにして受け入れていた。
理解しながらも受け入れるのを拒んでいた、事実を。
ここは闘技場で、あのゴリラは討伐対象。
スポーツ観戦のようにこちらを見ていた奴らは、闘技場の客。
この少年は、怪物を討伐する戦士。
戦いをビジネスにしている場所で、「絆創膏を貼りましょう」なんてのは真逆の行為。
商品価値を損ねる行為だということだ。
だが、俺は目の前の戦士がか弱く思えてならなかった。
あれほどまでの力を持っているというのに。
すると、この程度の痛みには慣れていると言わんばかりに、少年がゆっくりと身体を起こした。
彼の身体が痛みで悲鳴を上げているのが分かる。
もう一度咳き込んで血を吐き出すと、少年は冷静に話し始めた。
「あんた、新入り?」
「状況が飲み込めてないんだけど、気づいたらここにいたんだ。たぶん―――上から落ちてきて」
「それは不幸だったな。その様子だと、血の匂いにも慣れてないんだろ」
少年は達観した様子で、俺に言葉をかける。
俺はうなづいた。
「ここから出る方法は、敵と戦って勝つか、脱走するかの二つだ。隠れるのは無理だ。穴を掘って隠れていた奴は、その穴を掘り起こされ、槍でつつかれ殺された」
「君は逃げようと思わなかったの?」
少年はうなずく。
そして、そのまま話を続ける。
「俺は勝つことしか頭にないんだ。実際、これまでもずっと勝ってきた。そして、これからも勝たなきゃいけない」
「そんな―――これからもって言ったって、身体はボロボロじゃないか!」
生きているのが奇跡だと言わんばかりの身体だ。
よく見ると、額には青い線のようなものが、横に刻まれていた。
闘技場での試合のなかで負った傷が、今も痣として残っているのだろうか。
「俺の身体はただのバッテリーだ。俺の魂は、ここにある―――」
少年は左手を胸の前に持ってきた。
自分の魂の場所を示すように。
そこには、白い時計と紫の石。
「―――俺は勝つんだ、絶対に」
力強い言葉だった。
とても幼い子供が出せる言葉の重みではなかった。
だがどうして、彼はそこまで勝ちにこだわるのだろう?
ガララララ―――
―――その時、闘技場の二つのドアが開けられた。




