6話「豹変と依頼」
―――さすがに気が引けた。
2000枚となるとかなりの時間と労力がかかる。
だが他にすることもないので、俺は仕事を受けることにした。
「はい、受けます!」
「よくぞ言ってくれた!宜しく頼むぞ」
オーナーが実に嬉しそうな顔をしている。
そして、書く内容だったり道具だったりの説明を受けた。
また仕事を終えるまでの間、本部の部屋を貸し出してもらえるようだ。
オカネェって感じの笑みを浮かべたオーナーに一礼して、俺は応接室を出た。
――― 5時間後 ―――
なんとか書き上げた。
ヤバい。
指が死にそう。
腱鞘炎になりそうな右手と、オーナーに借りた自動翻訳ペンとを交互にながめて、ほっと一息。
目の前には、糸でグルグルにしてまとめられたチケットの束が8つ。
2000枚、無事に納品完了だ。
せっかくなので、今回開催されるイベントの内容を説明しておく。
イベント名は「殺戮フェスティバル」。
実に物騒な名前である。
メインは、珍しいモンスターが出場する試合だ。
というのも、3日ほど前に近くの洞窟で、見たこともないような新種らしきのモンスターが見つかったそうだ。
おそらく、超巨大、超狂暴なモンスター。
あのゴリラよりも恐ろしいかもしれない。
それゆえ、珍しいもの見たさで、普段から闘技場に来ない客のイベントへの興味も大きいだろう。
そして他にも普段以上の試合数や珍しい選手の組み合わせで、客を飽きさせないようにするのだとという。
ちなみにあのオーナーらしく、内容は儲け重視のものばかりだ。
屋台や気球(っぽいなにか?)も用意してある。
さらには憲兵団を呼んで更に集客効果を目指そうとしていたらしいが、さすがにダメだったようだ。
本当に金に目がない人だ。
「カイさん、少し宜しいですか」
すると、急に俺を呼ぶ声がした。
このクールで敬意の感じられる声は、マルカの声だ。
オーナーとの話が終わったのだろうか、帰り際に俺の元に寄ったようだ。
「はい。ちょうど仕事も終わったとこなんで」
「そうですか―――先程は突然、申し訳ありませんでした。」
「あー、いや全然。ちょっとびっくりしましたけど」
「そうですか―――お仕事、お疲れ様でした。他にはないのですか?」
「うーん、オーナーからはチケットを書けとしか言われてなくて―――」
「そうですか、もうないのですね―――」
相槌が食い気味だ。
というか、今日のマルカは、どこか思い詰めているような感じがする。
何かやましいことでもあるのだろうか?
昨日の一件をそれほど気にしているのなら、それは杞憂だ。
俺は今、肩の痛みよりも指の痛みに苦しんでいるからだ。
そこで、俺はマルカの本音を引き出そうと声をかける。
「あの、どうかしましたか」
マルカの目が俺にじっと合わせられた。
いつもの疲れた目でも、さっきの恐怖を感じさせる目でもなく、どこか申し訳なさそうな目だった。
そして、彼はかしこまった様子で言った。
「カイさんに、仕事を依頼したいのです」
「あの、え?」
俺は驚いた。
逆になにをそこまでためらっていたんだろう、と。
「なんの仕事です?てか、なんで俺!?」
「あなたの置かれている状況が実に都合がいいのです。話、長くなりますが宜しいですか?」
俺はうなずく。
横にあった椅子を差し出すと、マルカは遠慮がちに座った。
そして、クールに話し始めた。
「まぁそもそも、なんでこんなに私が遠慮してるのか分かりますか?」
「いえ―――オーナーに嫌な仕事を頼まれて、それを俺に丸投げしようと思ってるとか?」
マルカは首を横に振った。
そして、息を吐くように―――マルカの口から衝撃の発言が飛び出す。
「人に仕事を任せるのが嫌いなんですよ。性根から」
え?
「そもそも―――
オレに仕事を回す団員!関係者!第三者!
自分でトイレの後始末もできないガキが律儀に騎士道語ってんじゃねぇよ!!そもそもナイト騙ってんじゃねぇよ!!
オレが断れないことくらい察しろよ!!あれか?おいあれか?
お会計になってやっと財布出して、『あっ、割り勘でいいよぉ~』って彼女に言わせちゃうくらい気が回らない奴らなのか!?
てかあのクソ団長!優しいです?落ち着いてます?不動のア゛ン゛サ゛ァ゛です!??」
マルカは大きく息を吸って―――
「そんなの、知るかバァーカ!!」
―――絶叫した。
長い沈黙が流れた。
声がこだまして。
窓の向こうに見える山でやまびこが起きて。
多分こっちに戻ってきたかなぁ―――というくらい、長い沈黙が流れた。
鳥がチュンチュン、と鳴くのが聞こえた。
そして俺は、出会ってたったの1日で、マルカの色んな一面を見た。
見てしまった。
そして、ちょっと引いてしまった。
空いた口が塞がらなかった。
「で、あなたにお願いしたい仕事というのは―――」
「いやムリムリムリ!!そんな普通に会話に戻れるかよ!!」
――― 十数秒後 ―――
気を取り直して、マルカは話し始める。
だがマルカ本人は「いったい私がなにをしたのですか?」という調子だ。
対する俺が気を取り直した。
「カイさんの置かれている状況は、正直言って最高です。なぜならあなたは、闘技場の戦士でないにも関わらず、昨日の試合中にたまたまフィールドに居たことで、無名の新米戦士として認識されている」
「そして、あなたはおそらくあっちのことを少なからず知っている。これは非常に好都合なんです」
あっちとは、俺が元いた世界のことだろう。
―――少しメタ的な問題で、これからは現実世界と呼ぶことにする。
世界がこの次元の8つと合わせて9つもあると、なかなか見分けが付きにくいからだ―――
彼は現実世界に関係するなにかを調べているのだろう。
さっきも言っていた、『ゲンブ』や『C』という単語に関係したものを。
「仕事とは、簡単に言うと探偵です」
マルカの話を整理すると、こうだ。
まず、何者かが『C』という危険な存在をこの辺りに送り込んできた。
こいつがどういった存在かについては、諜報員や戦闘員をイメージしておけばいいらしい。
憲兵団はその情報を掴んだので対処しようとしたが、時すでに遅し。
『C』の消息は絶たれてしまったのだという。
そこで、導騎士団が目を付けている潜伏場所の一つが闘技場だ。
異様な身なりの者やモンスターがいても、違和感がないからである。
そして、闘技場で大きなイベントがあると来た。
そこで、イベントの熱狂、もとい混乱に乗じて『C』が活動する可能性がある。
だが、導騎士団ほどの組織が闘技場に潜入捜査などすれば、バレた時のダメージが大きいのだそうだ。
闘技場のギャンブル的性質による社会からのバッシングがひとつ。
そして、闘技場と騎士団の癒着だとか、憲兵団のモンスターの討伐実績はでっち上げだとか、各国からのバッシングが予想されるらしい。
そこで、俺に探偵業務の依頼が来た。
たしかに今の俺なら、闘技場内で怪しまれることなく行動できそうだ。
そして、現実世界の人間であるゆえに、現実世界に由来するものをすぐに判別できる。
俺は明日のイベントの間、聞き込みを行ったり、怪しい人物をマークしたりするのだ。
そして実の所、この依頼は俺にとっても利点がある。
というのも、この依頼をきっかけにして、マルカをはじめ導騎士団のメンバーと良好な関係を築けるかもしれないからだ。
元の世界への帰り方を調べる上で必ず役に立つだろう。
「わかりました。その依頼、受けます」
マルカは俺に感謝を伝えると、「詳細はまた明日話します」と言ってクールに去っていった。
明日は賑わいにまぎれて目立たないため、マルカ自身も調査を行うそうだ。
そして、去り際にはしっかりと一礼していった。
普通にしていれば本当に律儀な人で、普通にしていなければ、―――おもしれー男である。
明日もマルカの面白い一面が見れそうで、少しワクワクしている自分がいた。
そして、俺の物語は次の段落へと進むことになる―――。




