5話「談議と懐疑」
俺を訪ねてきたのは、闘技場のオーナーからの使者であった。
オーナーから話があるので、闘技場の運営本部まで来てほしい旨を伝えられた。
どうやらオーナーは俺に強い興味を持ったらしく、使者に対して、彼を必ず連れてくるようにと強く釘を刺したのだそうだ。
昨日の混乱も覚めないままの俺は、あまり考えずに肯定の意を示した。
闘技場の運営本部に移動した。
といっても、お祭りの運営本部のテントとは訳が違う。
なかなかに巨大な建物だった。
闘技場のデザインが、そのまま屋敷になったような見た目をしている。
使者について行って、建物の中に入る。
内装や置物はすべてアンティーク調に整えられていて、なかなかの雰囲気を醸し出している。
ボーっと見ていると、使者からさっさと歩くように言われた。
これから応接室へと向かうようだ。
応接室。
「―――ですから、その件は以前にもお断りしたはずです」
「そうだったな。だが、うちも商売なのでね。金になりそうな企画を行いたいのだよ」
「そう言われましても―――せめて団長の許諾がなくては、行えません」
「いいじゃあないか、副団長殿。そちらの団員と、こちらのモンスターを戦わせる興行。そちらは強さを誇示し、こちらはガッポリ大儲け。いや、金はエエナァ」
「鼻の下がすっごい伸びてますよ。珍技とかいってそれ見せた方が金になるんじゃないんですか。というか、そろそろ本題に―――」
コン、コン。
応接室のドアがノックされた。
先程までとんでもない顔で恍惚の笑みを浮かべていた闘技場のオーナーは、変面もかくやという勢いで表情を変えた。
実際は、別ベクトルの喜びの表情だったのだが。
一方で、『導騎士団』副団長のマルカは、突然の来客に驚いていた。
というより、ダブルブッキングすんなよ―――と口に出さずに愚痴っていた。
「ほぅ、入り給え」
貴族じみた調子で、オーナーが言った。
使者が応接室の扉をノックする。
中にはすでに来客があるようだが、どうやら入っても大丈夫なようだ。
「失礼しまっす」
俺はおそるおそる部屋に入る。
部屋はこれまで歩いてきた廊下や部屋よりも豪勢なのが見て取れた。
中世の貴族の部屋、といった感じだ。
そして部屋には、俺と俺を連れてきた使者、オーナーらしき人物、そして今この瞬間までオーナーが応接していたらしい騎士風の男の四人がいた。
―――ダブルブッキングかよー。
すると、オーナーがこちらに意味ありげな視線を向ける。
どうすればいいか分からず戸惑っていると、使者に自己紹介をするように言われた。
「カイです。俺に話があるってことで来ました―――そちらの方との用事は?」
オーナーが、それはいいのだ、と言いかける。
すると、騎士が発言を遮って、冷淡に言う。
「ダブルブッキング。俺はまったく詳細を知りません。まぁ、お構いなくどうぞ」
おそらく、この人は自分を呼び出しておいて予定を重複させていたらしきオーナーに腹を立てているのだろう。
ただ、俺との話の方を優先させてくれるらしい。
皮肉屋だが、話の分かる人、といった印象だ。
というか、目の下にあるクマがヤバい。
彼の気だるげそうな目の、実に二倍ほどの大きさをしている。
かなりの重労働なのだろうか。
現に今、こうしてオーナーと会話もとい営業をしに来ているのだから。
「ごめんねぇ。あ、そんな大事な要件でもないから、副団長殿も居てもらって構わんよ」
副団長と呼ばれた男が、少し気に食わない顔をして席から立ち、部屋の隅に移動した。
彼に座るよう諭された俺は、その通りにする。
「それで、要件ってのは」
「キミ―――堕ちてきたでしょ」
俺は一瞬驚いた。
なぜなら、このオーナーは高所からの転落という意味ではなく、おそらく他の所からの転移という意味で、発言したからだ。
俺は言葉を返す。
「はい。気付いたらフィールドの中にいて、目の前にはゴリラがいて。たぶんその、堕ちてきたってやつです」
「ゴリラってのは、グリーンピースのことかな?あいつは看板モンスターだったのに、またも『サイキックボーイ』にやられちまったよ」
「サイキックボーイ―――?」
「あのストーン使いのガキだよ。まぁ、客寄せにはなるが、身体が弱いもんだから回転率が悪い」
少し憎たらしそうに、オーナーが言う。
サイキックボーイとは、俺を助けたあの少年のことらしい。
人間を客寄せだの回転率だので評価する姿勢には違和感を覚えたが、あの少年もまた、闘技場での戦いを望んでいるのだろう。
一体、なにを目的に―――
「ところでお前、文字書けるか?」
オーナーが俺に質問する。
おそらくこれが本題だ。
だが、俺は回答を迷った。
俺が書ける文字は、俺の元いた世界の言語の文字だけだ―――と。
すると、それを予想していたかのようにオーナーが発言する。
「この世界には『自動翻訳ペン』ってのがあるんでな、元いた世界の文字は―――と思ってお前が悩んでいるのなら、それは関係ないぞ。」
10分2000円で―――とオーナーは続けて言う。
この人からは嫌な雰囲気が意外にも感じられないのだが、結局は金のことしか頭になさそうだ。
というか、この世界のお金の単位も円であることに驚いた。
「都合のいい話だが、ある言語の文字さえ書ければ、他の言語に翻訳して書ける。ただ、この国では話せるってだけの奴が多いんでな。文字が書ける人間は貴重だ。それで、お前は文字を書けるか?」
「それなら。文字、書けます。」
「よし、じゃあ仕事を頼みたい。時給500円でな」
オーナーがニカッと笑った。
「―――その前に、質問よろしいでしょうか」
突然、部屋の端にいた男が発言した。
こちらにやって来ると、座っている俺の背後に立つ。
そして、なんと俺の両肩を掴んだ。
かなりの力がかけられている。
「この方は、他の世界から堕ちてきたのでしょう?」
「あぁ、そのようだが?」
「あなたのタイムマネージメント能力の欠如で話せていなかった本題ですが、よろしいかな?」
オーナーが作り笑いをしながらうなづくと、男は話を再開した。
「カイと言いましたね。私は『憲兵団』副団長のマルカと言います。君は『ゲンブ』という単語に聞き覚えがありますか?」
元いた世界で聞いたことがあった。
それは、ゲームのモンスターだったり、中華っぽい事柄に出てきたりする単語だ。
「はい、ありますけど―――」
すると突然、マルカが肩を掴む力を強めた。
とてつもない圧迫感が伝わってくる。
そして、俺の顔に自らの顔を近づけて、尋問するように言う。
「””君が噂の『C』ですか?””」
Cという単語もといアルファベットには、もちろん聞き覚えがあった。
がしかし、俺がCというなにかであるという自覚はなかった。
イニシャルの方は、崎谷のS、カイのKのそれぞれをCと取れなくもないが。
というか、両肩の手からとてつもないプレッシャーを感じる。
「たぶん違います。けど、Cってのはなん―――?」
「すみません、私の勘違いだったようです。あと、失礼しました。」
え―――?
即断。
俺の返事を遮るようにして、マルカが言った。
俺がCという存在でないことを、理屈は分からないが納得したようだ。
そして、あっさりと俺を拘束する手は緩められた。
だが、両肩の痛みと、実は足の震えも激しい。
俺はこの皮肉屋から、あのゴリラとは別種の怖さを感じ取った。
「これは秘匿事項ですので、なるべく言わないようにして頂けると助かります。仕事が増えますので」
「あ、あぁ、はい―――」
先程までのマルカの凄みは薄れ、ブラック企業の社員のような雰囲気に戻った。
あまりに唐突に始まり、あまりに唐突に終わった出来事すぎて、俺はまたも混乱していた。
この世界に来てから、ずっとこの調子だ。
すると、オーナーが話を再開する。
「いや、やはり副団長殿の『尋問』はもの凄い迫力だな。ところでだが、カイ君に頼みたかった仕事というのは、明日のイベント用のチケットを2000枚ほど書き上げるというものだ。受けてくれるかね?」
―――さすがに気が引けた。




