3話
「サイキック」
少年の声が聞こえた。
すると次の瞬間、ゴリラの右手が逆再生のように横まで動き、後ろで左手と組まれた。
次に、見えない手で足を払われたかのように、ゴリラが転んだ。
そして大きな土煙を起こしながら、地面に倒れ込んだ。
「あんた、大丈夫か?」
目の前に、小さな右手が差し出される。
俺はそれを掴むようにして、勢いよく立ち上がった。
右手の主は、か弱そうな子供だった。
「あいつは『サイキックボーイ』か?」
「あぁ、おそらくそうだ。変幻自在の超能力で自分よりデケェ敵も倒す。闘技場トップクラスの実力者だぜ―――」
少年の姿を目にした観衆が、次第にざわめく。
この少年は『サイキックボーイ』という通り名なのか。
「ありがとう―――けど君は一体?」
「また、あとでな。話はあいつに勝ってからだ」
少年は俺からゴリラへと焦点を合わせ直した。
同時に、ゴリラが体制を立て直した。
そして、改めてこちらを攻撃しようとしてくる。
「グゴォォォォッ!!」
「サイキック!!」
すると、突然少年が叫んだ。
その叫びに呼応して、少年の左手が紫色に発光する。
まばゆい光が放たれている。
いや、違った。
左手が発光しているわけではないようだ。
何かが、その左手にはめられている。
それは腕輪のようにも、時計のようにも見える。
少年は左手を突き出すようにして、何かのパワーを放出した。
すると、ゴリラの身体が紫色の光に包まれる。
緑色の身体はそのまま宙に浮き、だんだん上昇していく。
ゴリラはなんとか抗おうとするが、空中では成す術もない。
もはや胸板も無用の長物だ。
「グルァ―――ッ!!」
「まだだ、まだ勝てない―――更に高くッ!!」
そして、柵を越え、闘技場の建物すらも越えていく。
どんどん高度を上げていく。
「もっと高く!!勝つためにッ!!」
少年が声を上げると、更に巨体は上昇する。
ゴリラを見ようと観衆たちは顔をあげる。
だが、あまりに高くて首がこれ以上曲がらないといった様子だ。
ゴリラの身体は雲にすら届きそうだ。
だが、ありったけの高度を稼がれた所で、ふとゴリラは落下を始めた。
「勝つんだァァァァ!!」
「エ、エ、エアァアアアアア!!!」
少年は雄叫びを上げた。
落下によって、聞こえてくるゴリラの悲鳴が乗数的に大きくなる。
俺たちには見えていなかったが、押し寄せる死の予感に、ゴリラの顔は恐怖で引きつっていた。
そして―――
―――バァアアアアアン!!
ゴリラが地面と激突した。
高所からの落下でだんだん速度が上昇していって、最後は目視で負えない速さとなっていた。
衝撃もとんでもなかったようで、とてつもない爆音が轟いた。
そして、落下の影響で10秒ほど地震が起きた。
あたりには土煙が舞い、2分ほど消えなかった。
そして土煙が消えた瞬間、地面に倒れた巨体の姿が露わになり―――
「おおおおおお!!」
「やるじゃん、サイキックボーイ」
「その巨体はなんなんだー?グリーンピースさぁん?」
観衆の拍手や歓声が絶頂を迎えた―――
ゴリラは即死だった。
高所落下に伴うショック死。
落下死ではない。
皮肉なことに、頑丈な胸板が衝撃を吸収し、落下死を防いだらしい。
だが、心理的なショックはとてつもなく大きかったようだ。
あのおぞましい巨体は、今や白目を向いて地面に伏している。
にしてもあの少年、サイキックボーイとは一体何者なのだ。
謎のバリアや、ゴリラを持ち上げるとてつもないパワー。
魔法の類だろうか。
だが、そんな詮索は後だ。
まずは命の恩人に対して礼を言おう―――
俺は少年のもとへ向かおうと、身体を向けた。
そして、驚愕の表情を浮かべた。
―――少年が血を吐いて倒れていた。




