4話「勝利への渇望」
―――少年が血を吐いて倒れていた。
俺は思考停止した。
―――土煙がサーッと吹く。
数秒たってやっと意識がはっきりすると、少年の姿がよく分かった。
さっきまではアドレナリンのせいで、よく見えていなかったのだ。
俺の世界の奴隷のイメージとよく似た、茶色に汚れたみすぼらしい服。
頬はやつれ、肌は土やすすにまみれ、そして傷だらけだ。
少年の左腕には、時計のようなものが付けられていた。
そしてその時計の中央、二つの針が重なる一点には、不思議に光る結晶がはめられていた。
あの能力を発動したときと同様に、紫やピンクに光っている。
だがさっきよりも明らかに光が弱まっており、今にも消えてしまいそうだ。
俺は少年に駆け寄った。
「大丈夫か!俺が見えるか?」
「あ、あぁ。輪郭はな―――」
少年はガサガサな声で返事をした。
ひとまず、意識があって良かった。
「どうすればいい?。ここには医者とかいるのか?」
「いないし、いても治療は受けられな―――」
ガハッ!
少年がまた血を吐いた。
顔から血の気が引き、身体も苦しそうで辛そうだ。
吐血するということは、内臓にダメージを追っているのかもしれない。
だが、少年は強靭な精神力でなんとか持ちこたえている。
しかし、どうして少年はこんなに苦しんでいるのか。
さっきのゴリラには殴られるどころか、むしろ圧倒していたはずだ。
では、少年は元から身体が弱かったのだろうか。
それとも、あの超能力が関係しているのだろうか。
「治療が受けられないってなんだよ。お前こんなに苦しそうなのに―――」
俺は悲痛に満ちた言葉を漏らす。
医者の世界において、病気の患者に対して「治せません」と不安げに言うのはご法度らしい。
医学という権威の一端を担う医者自身が、その権威を失墜させてしまうことに繋がるからであろう。
だが、俺は医者でもなんでもない、非力な高校生だ。
それ以上に、パラパラ漫画のようにペラペラと移り変わっていく非現実的な光景に、俺は混乱し、疲弊していた。
すると、少年が横向けになり、こぼすようにして口内の血を出す。
そして、なんとか言葉を発する。
「俺たちは、『傷つけ、傷つけられて』、『殺し、殺され―――」
ゲホッ!
「―――『楽しませる』ために生きているんだ。治療は論外だ」
俺は言葉を失った。
というか、理解しながらも受け入れるのを拒んでいた事実を、噛むようにして受け入れていた。
ここは闘技場で、あのゴリラは討伐対象あるいは戦士。
野球観戦のようにこちらを見ていた奴らは、闘技場の客。
であれば、この少年もまた、戦士なのだ。
戦闘を商品にしている場所で、「絆創膏を貼りましょう」なんて行為は真逆の方向の行為。
商品価値を損ねる行為だということだ。
だが、俺は目の前の戦士がか弱く思えてならなかった。
あれほどまでの力を持っているというのに。
すると、この程度の痛みには慣れていると言わんばかりに、少年がゆっくりと身体を起こした。
身体が痛みで悲鳴を上げているのが分かる。
もう一度咳き込んで血を吐き出すと、少年は冷静に話し始めた。
「あんた、新入り?」
「いや、分からない。気づいたらここにいたんだ。たぶん―――上から落ちてきて」
「それは不幸だったな」
少年は達観した様子で、俺に言葉をかける。
「ここから出る方法は、敵と戦って勝つか、脱走するかの二つだ。穴を掘って隠れていた奴は、その穴を掘り起こされ、槍でつつかれ殺された。」
ここでは、うまく隠れても無駄だということだろう。
少年は話を続ける。
「俺はずっと試合に勝ってきた。そして、これからも勝たなきゃいけない。」
「そんなにボロボロの身体で、か?」
生きているのが奇跡だと言わんばかりの身体だ。
よく見ると、額には青い線のようなものが、横に刻まれていた。
闘技場での試合のなかで負った傷が、今も痣として残っているのだろうか。
「あぁ。俺の身体はただのバッテリーだ。こいつさえあれば俺は―――」
少年は左手を力強く握りしめた。
握られた石が、割れてしまいそうな強さで。
だが、割れて泣いてしまいそうなのは、俺にはむしろ少年の方に思えた。
「―――俺は勝つんだ」
力強い言葉だった。
とてもあの歳の子供が出せる言葉の重みではなかった。
「ついて来な」
少年が言う。
彼はこの世界に迷い込んでしまった俺に気を使ってくれているらしい。
そして俺は少年の案内でなんとか休める場所を確保した。
辺りには藁が積まれていて、植物の匂いが充満している。
そこで一度、横になってみる。
だが、寝る余裕どころか、休む余裕もなかった。
『俺は高校で勉強してたはずだけど、気づいたらここにいた。たぶん、ここは元いた世界とは別の世界だ。けど、言葉が通じるのも不思議だ。モンスターや魔法みたいなアレはもっと不思議だ―――』
そんなことを考えていた。
これからどうすればいいのだろう、とずっと考えていた。
一晩中、考え続けた。
そして―――日の光が差し込み始めて少したった頃、俺の元へと一人の客が訪れた。




