爆風と共に去りぬ
……2時間は稼げたわね。先輩達を逃した後、この要塞の中で私は出来る事を全てやった。1人でも多くの足を傷つけて後に捜索に回されるであろう人の漸減に努めた。花弁を硬質化させて盾にして時間を稼ぐ事もした。とにかく手段は選んでいられなかった。それでも先輩達がいない分、私の負担は3倍に膨れ上がってそれを処理しきるのは至難の業だった。
「うぁっ!」
少し気を抜いた隙に、見た目の区別がつかない女の蹴りをまともに受けてしまう。気絶だけは避けたけれども一度着いてしまった足はもう上がってくれない。疲労感が一気に私の体にのし掛かる。見えない重りはどうしても私の体から離れてくれない。
「はっ、はあっ……」
「それにしても手こずらせてくれたよねぇ」
眼前には勝ち誇ったように顔を歪ませたマリアが立っている。
「……そんな顔してると不細工に見えるわよ」
「口だけは減らねえみてえだな!」
「あっ……!」
横に侍っていた男が私を蹴り上げる。一度蹴られた部分を集中的に狙うなんて本当にタチが悪い。
「まあ待ってぇ。この人には暴力よりももっと辛い屈辱を味わってもらおうよぉ」
「と、言いますと?」
「また何回も絡まれるのは面倒だし恥ずかしい写真でも撮って脅すのはどうよぉ?」
「っ!」
ここに1人で残るって決めた時から何をされても仕方ないという覚悟はできていた、つもりだった。当然こういう展開も。だけど実際に口に出されると嫌悪感を隠す事は出来ない。
「そいつはいい!ついでに今夜は楽しませてもらいましょうや!!」
拒否感を露わにする私を見て一層盛り上がる集団。それを見て思う。この人達はいつも同じように笑っている。それしかやってない気がする。これだって私を辱めるというよりはただの話題作りなんじゃないかしら、なんて思ってしまう。そんな奴らに好き放題されるなんて――
「うっ……ぅ、うっ」
「何ぃ、もう涙目じゃなあぃ。でも残念ねぇ。泣いても許してあげなあぃ。これはねぇ、私達につきまとった罰なんだよぉ」
マリアが制服に手を掛けようとするのを、ボタンを1つ1つ外していくのを私は止められない。力が、抵抗する気力が涙となって流れ落ちている気がする。でも、私を弄んでいる間にかなりの時間が稼げるんじゃゃ……そう思った時だった。
「ミハギちゃんへの狼藉は許さないよ!」
「レナ先輩!……先輩!?」
2回も名前を呼んだのはなんというか、流石に余りにも理解に苦しむ状況だったから。
「ごめんね、遅くなって!」
そう謝る先輩がコンテナを運ぶ車(名前は知らない)にどうして乗っているのか全く理解できなかったから。コンテナを動かすための2つの突起を地面から少し浮かせている。それをさながら槍を扱うかのように男達へと向けて突貫させる。
「おい、やめろぉ!そんな事されたら俺達死んじまうよ!」
ついさっきまで嘲りの笑みを浮かべていた男達の顔が一瞬で青白く染まる。そんな必死に泣き言を言う彼らにしかし先輩は聞く耳を持たなかった。
「さっき兄さんにこれの使い方は聞いたから大丈夫。殺しはしないよ!」
「おい、あの金髪はヤバいぞ!全員離れろ!」
「何言ってんのぉ。迎撃しなさいよぉ!」
登場だけでこの場をパニックに陥れた先輩はまだ止まらない。ドリフトを駆使しつつ、車体、例の突起を横に滑らしつつ手近な奴らを圧倒的質量で跳ね飛ばす。運転に慣れていないのかあるいは単に暴れ足りないのか近くのコンテナをも貫いて車は暴走を続ける。暴れ馬が知性を持ったかのような動きで地獄絵図を拡大していく。
「ミハギを人質にしなさあぃ!」
高速で動く車に中々肉薄できないマリアがそう指示を出す。その心は自分はリンカちゃんを利用するから残りは勝手に私を使え、って事かしら。そんなのは想定内だと言うように先輩はマリアを執拗には狙わない。あくまでリンカちゃんの無事は保証してくれる。そんな動きを意識しているのだ。
「お前ら!とにかくあの赤髪の近くに逃げるぞ!ここならあの重機も近づけねえ!」
そして私の元に押しかける人の波。さながら住民大移動のようだ。先輩はある程度の距離を取りつつも一定以上は近づかない。この人達は格好の的だけど私のせいで先輩は動けないんだ。自分の不甲斐なさに何も言えないでいると、
「そろそろ出番だよ!」
その先輩の声に合わせて群がっていた人間が声もなく倒れていった。声はしないがシャッと切れのいい音が響いていく。人間が集まって成していた塊がどんどんと縮小していく。
「何が起こっているの……」
そんな風に呆気に取られている私の手を何かが掴んだ。何かって言ったのは掴んでいるものが見えなかった、正体不明だったから。あ、違う。こんな事ができる人は1人しか知らない。能力が切れたのだろう。蜃気楼のようにぼんやりと姿が見えてくる。私の手を引いていたのは他でもないもう1人の先輩。
「トウヤ先輩!」
「とにかくここから離れるぞ。レナのとこまで走る。話はそれからだ」
必要事項だけを伝えて先輩は後ろを向く。私の手を握っていない方の手には先輩の愛銃が握られていた。痛めつけられた私の体を気遣って先輩が守ってくれる。けれど――
「先輩にだけいい格好はさせないわ。《茨の処女》スオン・メイデン!」
追ってくる人間を包み込むようにドームを作る。そんなイメージを具現化させて牢獄は再び姿を現した。
「クソが!またこいつかよ!」
「落ち着けお前ら!今のこれにさっきほどの堅牢さはねえぞ!すぐに壊せる!」
見ると《茨の処女》は男達の殴打に悲鳴を上げるようにギシギシと揺らいでいた。
……どうやら使用者本人が中に入らないと本来の力が発揮できないようね。それでも時間稼ぎには十分役立ってくれた。
「2人ともこっちだよ!」
いつの間にか車を乗り捨てていたレナ先輩に言われてついていった先にはまた新たな車があった。今度は変な武装はしていない所謂普通の軽トラック。荷台の部分にトウヤ先輩が飛び乗り、それに私も続く。
「今夜は思ってたより楽しくなりそうねぇ……絶対に逃がさないからぁ!!」
「そっか、頑張って追いついてねー」
マリアの宣告と男達の怒声を軽く受け流してレナ先輩は車を走らせる。その軽さとは裏腹にかなりの速度で港を後にした。
✳︎
「それで、ミハギは体大丈夫なのか?」
走らせてしまった後で言うのも何だがレナに質問する。お姫様抱っこなり負ぶったりするのはリア充の仕事だ。あいにく俺にはそれだけの体力も精神力も持ち合わせていない。
「何とか大丈夫よ。それよりも車なんて凄いものを持ち出したわね。免許は持ってるの?」
「あはは。私、無免許だよー」
「ちょっ……それ大丈夫なの?」
「ミハギちゃんが稼いでくれた時間で運転のやり方は兄さんに聞いたし大丈夫だって!」
心なしかレナのテンションがいつもよりも高いような気がする。そう言えば運転するとそんな風になる人がいるとかなんとかって聞いたことがあるな。
「今はそんな事気にしてる場合じゃないぞ。すぐにでもあいつらが追いかけて来る。それを迎撃しないとな」
「そっちの準備はできてるの?」
「完璧」
レナの問いに即答する。運転席にいるために顔は見えないがその顔はきっと笑っていることだろうな。それもマリア達よりも酷い顔で。
「先輩、何でそんなに気持ち悪い笑みを浮かべてるのかしら……」
あっ、俺もだったか。しかしこの後の展開を予想するとどうしても笑みは我慢できない。何せ、これまで生きてきた中で初めてイカれたやんちゃをするんだからな。
「それはね、こう言う事だよ!トウヤ君、始めて!!」
パチン
その声に合わせて指を鳴らす。何を馬鹿みたいな事を……とでも言ったのだろうか。ミハギが何か言ったようだったが全く聞き取れなかった。爆発音よりも大きい声でリアクションが取れる女の子がいるなら会ってみたい。
そう、指を鳴らした直後に俺達が脱出したコンテナ群が爆発炎上したのだ。
「ちょっとー!!何してるのよ!?」
真っ青になり俺に詰め寄るミハギ。その気持ちは十分に理解できる。
「安心しろ。リンカが巻き込まれないように、というか誰も死なない場所に時限爆弾を仕掛けただけだ。あいつは無事だよ」
「それならいいけど……待って、爆弾なんてどこから持ってきたのよ!?」
「それは後で話すね。お客さんが来ちゃったしそっちを相手にしないと」
レナが言った客とは考えるまでもなく遠くに見える単車の群れだろう。人通りのない静かな道路を進んでいるためその近所迷惑な音は凄まじい存在感を与える。
確認のために後ろを振り返るとやはり例の男達だ。数は全部で20台かそのあたりか。未だ炎上しているコンテナ群を背景に追跡する様は何というか世紀末という単語が相応しいように思える。何となくだが。
「じゃあ作戦通りにお願いね、トウヤ君!ミハギちゃんは飛んできたものをどうにかして!」
「飛んできたものって何するつもりよ!?」
「百聞は一見に如かずだっての!」
戸惑うミハギを他所にハンドガンを両手で構える。何だかんだでミハギは咄嗟に合わせてくれる。説明している暇は無い。そもそも今からやろうとする事は集中力をとにかく使う。何かを喋る余裕は無い。銃を2挺持ち出さなかったのは数よりも精度がものを言うシチュエーションだからだ。静かに、微動だにせず銃を構え続ける。
「曲がるよ!」
レナの合図と共に車体が傾く。一気に右折した事により遠心力が俺達の体を襲う。それでも銃は動かさない。
あいつらとの距離を一瞥する。目と鼻の先という訳ではないがそれでもすぐに追いつかれる距離である事に変わりはない。完璧。計算通りだ。曲がり角を超えて完全に俺達の姿が見えなくなるこの一瞬のうちに俺は引き金を引く。
狙いは男の体でも単車のタイヤでもない。排水溝だ。そして俺が響かせたのはいつもの――悪くいうとおもちゃのような――音では無かった。どちらかというと運動会で競走で使う銃のような音。風を切り裂きながら大きく動いたために辺り一面に火薬の匂いが広がる。
そうだ、今回の銃は違う。こいつはサイガさんから借り受けた銃。言わずもがな特別製だ。具体的には弾丸が。中に火種が入っている弾丸、それが装填されている。そんな弾丸をなぜ排水溝に撃ったのか?それは排水溝内の仕掛けを作動させるためだ。弾丸を発射して間もなくそれは作動する。
「うわあああっ!!何だよこれえ!?」
「熱いぞ!!気をつけろおっ!」
「無理だ間に合わねえよぉっ!!」
「クソが!とんでもねえ事しやがって!やっていい事と悪い事があるだろうがあ!」
「きゃあっ!?先輩、これって!?」
刹那、轟音と共に俺達の乗ったトラックが一段と高く宙に浮く。多少スリップしつつも元のバランスを取り戻す。
「思ってたよりも爆風って強烈なんだな」
「結構火薬は入れたって兄さんが言ってたからね!」
そう言ってさらにトラックは爆走を続ける。それを追いかけるのは爆発に巻き込まれなかった単車の群れ。かなりの手練れグループなのかあの爆風の中でも突っ切って来たあたりには関心する。しかし、それもここで終わりだ。
「もうすぐ例の位置だよ!右の建物をお願い!」
「分かった!上手く脱出してくれよ!」
そう言って《綾》の照準を指示された倉庫のような2階建ての建物へと向ける。何かを言いたそうなミハギが視界の端に映ったが今はとても話している余裕はない。
「《重弾》!」
心なしかいつもより重く感じる《綾》のトリガーを思い切り引く。サイガさんの《自我》で作られた《重弾》はもはやエアガンで出来るパフォーマンスを遥かに超えている。
発射された弾丸は普通なら円筒状の軌道を描くはずだが、そんな法則ここに非ず。放った弾丸は一直線に、軌道を下げる事なく使い手の性根と正反対に真っ直ぐビルを貫く。《重弾》は見た目に反する重さもそうだが、それが周囲に作り出す衝撃波も侮れない。
恐らくは誰かの《衝撃》の威力には届かないだろうが、それでも建造物を破壊するには十分だろう。その俺の目論見通り弾着した部分からベリベリと外壁が剥がれるように崩れていく。
それを確認すると同時に抗えない反動に襲われる。荷台前方に体を強く打ちつけられ、さらに飛来する瓦礫の間を縫うようにレナが車を荒っぽく動かすのでさらに体を打ち付ける羽目になった。
「もう少し優しく運転できないのかよ!」
「そんな悠長な事は言ってられないよー」
それは重々承知の上だがつい口が滑ってしまった。というよりは何か喋って痛みを誤魔化したいだけかもしれない。いや待て、悠長に喋るなよ。
「それならこれで我慢してくれるかしら?」
そう提案したのはミハギだ。いくつもの蔓で自分と俺とを縛り、荷台に当たらないように固定してくれる。色々と絵面がヤバそうではあるがこの際気にしてられない。遠心力に流されないその姿はまさに周囲に全く流されない――流される機会がない――リア充の姿勢の体現のようだ。なんて事を考えているうちに人気の無い公園でトラックが停止する。
「この辺りでいいかな。まずはミハギちゃんに何でこんな事をしたのか話さないとね」
「そうしてくれると嬉しいわね……さっきのはただの爆破テロにしか見えなかったから」
「テロって……あれにもちゃんとした理由があるんだぞ」
そう言って俺は今回の作戦と狙いの説明を始めた。




