追跡の終着点
「まずはどうして爆発が起きたのかだけど、あれは単純に事前に爆薬を排水溝に仕込んでおいただけだ」
車を止めて3人で荷台の後ろで車座を作りこれまでの経緯を振り返る。
「私の兄さんは兵器の研究をしてるからね。爆薬一式を持ってきてもらってついでに車の運転方法も教えてもらったんだよ」
実際サイガさんの行動は神速と言うに相応しかった。電話をもらって二十分も経たない内に俺達に合流。どんな方法を使ったのかは知らない。兄妹の愛は時間の概念も曲げるのだろう。一方的な愛だが。
サイガさんに仕込みを手伝ってもらった後は丁重にお帰りいただいた。流石にこれ以上巻き込む訳にはいかなかった。俺達の立てた作戦では下手すりゃお縄を頂戴される。最終的にはレナの必死の訴えで帰還を決意せざるを得なくなった兄さんだが、その代わり俺は命を懸けてレナを守る使命を頂戴した次第だ。逆らうとマジで殺されそうだし拒否権なんてなかった。
「そんな事があったのね」
「ミハギちゃんのおかげでその準備をこなせたよ。ありがとうね」
「ち、力になれたなら良かったわ……」
あまりそう言う事は言われなれていないのか照れたような反応を見せる。確かにこういう時の反応は何が正解か分からないよな。
「でもね」
とレナは続ける。
「あんな無茶をいきなりするのは止めてほしいな。状況によっては私達のどっちかがそうした方がいい時もあるんだし」
「あの……怒らないわけ?てっきり二度とあんな事するなって言われると思ってたのだけど」
「始めは怒りたかったんだけどね。私達がミハギちゃんと同じ立場ならああしたてただろうしね。責められなくてね」
「それに俺達はリア充とは違うからな。囮だって合理的なら多少は許容範囲だって結論になった」
「最後に笑えればそれでいいじゃんっていう感じだよね」
何も正々堂々清廉潔白に立ち回る必要は無いんだ。どうせ俺達に注目する輩はごく少数。そんな奴らの糾弾する声なんて少しも怖くない。リア充は周囲の目があるからそういう事が出来なくて不便そうだ。まあそんな事しなくても問題ないスペックを持ってるみたいだが。
「それで?最後の建物を崩壊させたのはどういう意図があったのかしら?」
「それはね、騒ぎの大きさを決定的にするためだよ」
ミハギの質問にレナが答え俺が後を追う。
「あれだけ騒ぎが大きくなれば流石に《イド》も出動せざるを得ないだろ?だがしかし、この街の《イド》は弱いと聞いた。そんな連中じゃ事態を丸く収められない可能性が高い」
「だけどどう考えても街では非常事態が起きています。さてミハギちゃん、こんな時あなたがトップならどうする?」
「私なら……近くの《イド》のメンバーから頼りになる人を増援として送り込むわね」
「そうだね。きっと誰だってそうすると思うんだ。そこで救援を呼ぶとしたら、多分レイジあたりが出張ってくると思うんだよね」
「レ、レイジ!?《イド》の中の圧倒的カリスマじゃない!そんなの呼び寄せて大丈夫なの!?この計画がバレたらタダじゃ済まないわよ!」
レイジと実際に戦ってみてその強さは知っていたつもりだが、ここまで有名だとは思わなかった。それに圧倒的カリスマだと。でもまあ多少の影響力は計算済みだからその辺りは心配いらない。
「どれだけカリスマだろうが何だろうが爆破現場に《イド》も手を焼く不良グループがいたら適当に理由作って補導するだろ。そうすればあいつらの面子も守れるし」
「そうそう。多少怪しくても自分達がこの街の不良を捕らえた!って結果を優先すると思うんだよね」
「よくそんな下衆い考えが思いつくわね……。じゃあ今からはそのどさくさに紛れて逃げるって寸法かしら?」
俺とレナは何を言ってるんだとばかりにミハギの方へ振り返る。よりによってお前がそれを言うのかよ。
「リンカちゃんはどうするつもりなの?」
「どうするも何もあの子も捕まるじゃない。そうなったらどうする事も出来ないでしょ」
「なあミハギ。あの男軍団はあの方法で簡単に捕まえられるとして、マリアを本当にあの方法でやれると思うか?」
俺はマリアの事をよく知らない。が、あいつはあれで多少頭が切れるのではないかと思う。少なくともただの馬鹿があれだけの人数の統率をとれるとは思えない。となると俺達が何か罠を張った事も予想されているんじゃないのか。
「……確かに追っ手にいつも一緒にいる女の子はいなかったような気もするわ」
「だからまだどこかにいると思うんだ。そこを見つけて今度こそ叩くよ。なんだかんだで人数は減ってるだろうし勝ち目がないわけじゃないし」
パシンと握り拳を手のひらに打ちつけながらレナが言う。
「だから今からは残党でありラスボスでもあるあいつらを探しに行くよ!」
そして片手を荷台のへりにつけて車から飛び降り運転席に向かう。エンジンが再びかかり、けたたましい音が響いた。が、車はその走行距離を増やせない。
「何か故障でも起きたか?」
「うーん、そうかも。港で拝借したものだから状態がよく分からないんだよね」
盗品である事を悪びれる様子もなくレナは運転席で何かガチャガチャとやっている。そんな時だった。
「別にその車は普通だと思うわよぉ。なんと言ってもアタシの手駒を見事に潰して逃げ切れたんだしぃ。でもぉ、そう簡単には逃がさないってでしょぅ?」
深くなった夜。公園に植えられた木や茂みは闇に飲まれてこちらからは何も視認できない。しかし声だけはしっかりと聞こえた。車のエンジン音とはまた違う耳障りで周波数の高い音。耳障りなのに耳にどうしても残ってしまう特徴的な声。それはトラックのタイヤに巻きついているリボンと同じくらいにしつこく、離そうと思っても中々離れない。
「まさか車を利用して逃げるなんて想定外だったからぁ、少し驚いたわぁ。でもぉ、」
その言葉と同時にさらにリボンが車のタイヤに放たれる。アクセルを踏みっぱなしにしている車を動けなくするとは一体どれだけの馬力をあの《自我》は出しているのか。
「逃げようと思っても無駄よぉ。だってぇ、アタシ達の《束縛》には誰も逆らえないからぁ!」
そう啖呵を切って勢いよくリボンを上に引く。長い間行動を共にしているのだろう。いや、もしかしたら体操か何かで培った連携かもしれない。どちらにせよ一糸乱れぬ動きで無駄なエネルギーを消費せずに俺達と乗っているトラックを易々と高く持ち上げる。
「このまま落ちたら大怪我じゃ済まないかもねぇっ!」
そして空からトラックを地面に叩きつけようとトラックを投げ下ろす。トラックの質量分だけ落ちた時の衝撃は増してしまう。しかしそれが分かっていてずっとトラックにしがみつくような俺達ではない。
「飛ぶわよ!着地は私に任せて!」
言うが早いかトラックを踏み台にして俺とミハギ、ドアをバンと開けてレナが飛び出す。放り出されたその体は《植物》を網目状に生成して作った擬似的なネットに保護される。
「いきなり派手な事をやってくるね。そういうのは嫌いじゃないよ」
正面がひしゃげたトラックを見ながらレナが言う。もしあのまま大人しく乗っていたら、あるいはマリア達が音もなくトラックを持ち上げてそのせいで反応が遅れたならと考えるとゾッとする。
「こんなのただの挨拶がわりだしぃ。建物の爆破に比べたら可愛いものでしょぉ?」
そんなやりとりを聞きながらマリアの傍で俯いている女子を見る。表情は下を向いていてやはりよく分からないがおおよそは無表情かもしくは……。
いや、そこは俺の気にかけるところではないか。その辺りのケアはミハギの役目だ。そもそもこの手の問題で俺に出来ることなんてないだろう。だから思考を切り替えて自分が出来る事に集中する。すなわちリア充の駆除だ。
「お前らさ、人数かなり減ってるけど随分と余裕あるじゃん。大人数で待ち伏せしたんだし数が少ないと威張れないのかと思ったぞ」
「あの人達はねぇ、何かと便利な手駒なんだけど突き詰めていけばただの捨て駒なのよぉ。アタシ達さえ残ればいいのぉ。そのための手段なのよぉ」
「……不思議だよな。こうして話してるとお前らってリア充って感じがしないよな。あの鬱陶しいポジティブなオーラを感じないんだよな。割と何でもかんでも利用するし、卑怯な手段も使うし。お前ら何なの?」
珍しく対話らしい対話ができそうなので今まで感じていた疑問をぶつけてみる。こいつらが何であれ戦闘は行うだろうが、その前に何回も感じたリア充らしからぬ違和感を掴んでおきたいと思ったのだ。
「別にぃ?たくさんの知り合いがいて、放課後に皆で一緒の時間を過ごして楽しく生きている、アタシ達はどこからどうみてもリア充でしょお!」
ただぁ、と嘲笑を浮かべながらマリアは続ける。
「リア充の判断なんて学校生活で決まるじゃなぃ?つまり、外の世界でどんな事をしてもバレない限りはアタシ達はリア充でいられるのよぉ!」
「つまりリア充の偽物って事じゃない!そんな奴らと一緒にいて楽しいの?リンカちゃん!」
「……リア充とか、関係なく、この人達は……私の友達なんですけど……」
そんなマリアの告白を聞いてもなお頑なな態度を変えようとしないリンカ。待てよ。頑なと言えば何かおかしくないか、こいつ。そんな事を思った矢先にマリアが思考に水を差す。
「アタシさあ、アンタ達の策に嵌められたって事だけは頭にきてるのよぉ。そのストレスを早く発散したくて仕方ないのぉ。ねぇ、リンカぁ。あの人達を動けなくする事を手伝ってくれるわよねぇ。友達でしょぉ?」
「……分かった、んですけど……」
そう言って少し前に出てくるリンカ。ミハギはそれに対してたじろいだ様子を見せる。ミハギにはリンカに手を出せないのは分かりきっている。どうすればいいものか……。
「2人共、ボーッとしてないで!来るよ!」
レナの声にはっとする。そうだ、とにかく今はやれることをやるのみだ。
「分かってる!固まってると一網打尽だ、ある程度個別に動きつつ援護するぞ!それとリンカには触れるなよ!動けなくなるぞ!」
それだけ言ってバラバラの方向へ走り出す。結構な広さのある公園だ。ヒットアンドアウェイもお互いのフォローもある程度はやりやすいはずだ。
こうして追いかけ、追いかけられとまるで鬼ごっこのように展開したこのぶつかり合いも最終局面を迎えようとしているのだった。




