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難攻不落の意思

 もしかしたらと思ったがやはり――


「昨日の事を聞いたみたいだな」


「そうだよぉ。襲われたって言ってたからスマホも見てそうだなぁって思っのぉ」


 頭が軽そうだと思ったが完全に偏見だったようだ。その辺りも考慮に入れて敢えてここに誘い込んだのか。


「でもさ、わざわざこんなところに連れてくるメリットってあるの?私なら《桜》に帰ってから闇に乗じて叩こうとするんだけど」


 レナの質問は最もだ。どうしてこんな遠くで仕掛ける必要があった?


「それはすぐに分かるよぉ」


 奴らはキャハハと小さな、それでいて多くの笑い声を上げる。普段なら耳障りだと感じるだけのその声は今は嫌に不気味に聞こえた。


「そんなもの、分かる前に終わらせるわ!」


 そう啖呵を切ってミハギが飛び出す。巨大な薔薇を作り出し、槍のように携えて猛然と襲いかかる。


「ダメ!この人達何か考えがある!」


「普通に考えて無策でこんな所には来ないもんねぇ」


 そう言ってマリアがパチンと指を鳴らす。その瞬間、大量の男がコンテナの影から湧いて出てきた。イドやこの前倒した運動部のような洗練された動きこそないが乱暴で直線的な動きでミハギを取り囲まんとしている。


 ミハギは勢いを殺せず彼らの元へと突っ込む形となる。それに気づいた時には体は既に動いていた。紙一重の差で男達より速くミハギに近づけた俺は彼女の服を強引に引っ張り自分の元へ引き寄せる。そして間髪入れずに地面へ《綾》を向ける。入れているのは真紅のマガジン。その血を想起させるような色はこのブツが危険だという事を雄弁に語ってくれる。


「多少痛いが文句言うなよ!《重弾(じゅうだん)》!」


 向けるのは俺より少し前方、コンクリートの地面。《重弾》はサイガさんゆの作ってくれた言わば俺の切り札。そんな俺の切り札はコンクリートをいとも簡単に砕き、その破片を辺り一面に飛び散らせた。俺とミハギは重弾を使用した反動に耐えきれず後方へ勢いよく吹っ飛んでしまう。


 相変わらずの衝撃が全身を駆け巡る。しかしこれを利用してマリア達の陣地から脱出する気だったので仕方ない。


「ミハギ!フォロー頼む!」


「言われなくても分かってるわよ!」


 サッと彼女が手を振ると今度は蔓がコンクリートを割っていくつも現れる。それらは互いに絡み合い網目状になっていく。幾重にも編み込まれたそれはネットとして申し分ない強度を見せた。《重弾》の恐ろしい反動を全て相殺し脱出に成功する。


 レナが駆けつけて3人で即座に背中合わせになる。まだ隠れている奴がいるかもしれない。死角は出来る限り潰さないと。


「それにしても誰だそいつら?」


 視界に入る男達は非リアのような覇気の無さは感じられない。かと言ってリア充のようなキラキラしたオーラも感じられない。ただ頭が悪そう、チャラそうと言ったつまらない評価しか下せない。あまり興味の湧く人種ではなさそうだ。


「この人達はぁ、アタシ達の用心棒なのよぉ。アタシ達の気に入らない人達を一緒に痛めつけるようにしてるのよぉ」


「お前ら、マリアさんにつきまとう迷惑な連中なんだろ?そんな奴は少し痛い目に遭ってもらわないとなあ」


 黒髪をツンツンに逆立てた目つきの悪い男が言う。威嚇の為か顔を隠す為なのかサングラスを掛けている。


「ね、今ここで《イド》を呼ぶのはどうかな?私達の事は知られてないしどう考えても味方になってくれると思うんだけど」


 男達を見てレナが提案する。確かにあいつらは不良グループと見れない事もない。その可能性は高いだろう。数には数をぶつけるというのも悪くない。


「アンタ達、考えが甘すぎるっしょ。《江戸彼岸》にいる《イド》でマリアさんに逆らえる奴なんていないから!呼ぶだけ無駄だし!」


「なっ……」


 《イド》が逆らえない。中々衝撃的な内容だ。見るとミハギも絶句している。一体どこまでこいつらの勢力は大きいのか。


「大丈夫だよ。私達だって《イド》を倒してるじゃん。強さとしては一緒かそれ以上だよ」


「偶然勝った癖にいうじゃなぃ金髪」


「偶然じゃないって事を証明してあげるよ。2人とも、いくよ!」


 そうしてやはりレナが開幕を告げた。レナのその啖呵は日和っていた俺達を鼓舞するのには十分過ぎた。俺達もレナに遅れまいと動き出す。どれだけ人数がいようと関係無い。ただ戦果が増えるだけだ。そう考えて2つの銃口をコンテナに溢れかえる奴らに向けた。



 *


 しかし俺達の考えは甘かった。量より質とは言うが質でどうにかなる量には限界があるらしい。つまり量より質だ、世の中。そう思えるくらいに俺達は劣勢に立たされている。本当に相手の量が犯罪級だ。


 あちらも《重弾》や麻酔弾は無いにせよ改造エアガンくらいは持っているようで時節雨霰のように飛んでくる弾丸はかなりの負担になる。それでなくても正面に見据えるは人の壁、壁、壁。男1人1人は打たれ弱い。サイガさんに鍛えられてるおかげなのか2,3回殴ったり弾丸を打ち込めば気絶させる事はできる。


 しかし数の暴力という理不尽さは到底消せそうもない。一発殴るたびに三発殴り返される。下手に突っ込むとジリ貧どころか十分と保たない、そう感じさせられる。つまりはヒットアンドアウェイ、しかしそれでいて距離を取る事を重視する、そんなやり方に甘んじてしまっている。そもそもリンカとの対話が一番の懸念事項だったのにそもそもリンカまでたどり着けるかも怪しい。


「レナ、《麻酔》を使えば纏めて動きを止められるんじゃないのか?使ってないのか?」


 《麻酔》で倒れているような輩が少ない事に気づきレナにそう尋ねる。


「うん、本来なら集団には《麻酔》が有効なんだけどね。……リボンさえ無ければ」


 そう言ってチラとレナが上を見上げる。俺もそれに倣ってチラホラと星が現れている空に目を向ける。藍色に染まり始める空。その空を裂くようになびくのは濃い桃色のリボン。それを操るのは見なくても分かる。マリアだ。


 あいつはレナの《麻酔》を見切る事ができた。ならば一撃必殺の《麻酔》を防ぐ事はできる。さらにあいつにとっては大切な手駒である男達を守るという行動は理にかなっている。


「くそ、やっぱり各個撃破しかないか……」


 思考を切り替えて銃を構え直したその時だった。


「だったら私がやるわ!下がって!」


 ミハギが前線に躍り出て右手を振るう。いつものように地面から大木を出現させたが今回はいつもと違う。これまでは壁として使う為なのか幹が太く背丈はさほど高くないと言ったものを出現させていた。


 しかし今回は違う。幹そのものはしっかりしており、簡単には破壊できないのはいつも通りなのだが何よりも背丈が高い。夜空へ、月へと突き刺さんとする勢いで伸びてゆく。


「倒れてっ!」


 そう叫んでミハギが上げた右手を垂直に下ろす。その動作にリンクして現れた巨木は地面にその幹を預けた。


「うわああああっっ!!!」


「ちくしょぉ、痛えよぉ!」


 巨木はコンテナ、男達、全てを無慈悲にそして平等に彼方へ吹き飛ばす。


「まだ……まだあ!」


 ミハギは今度は右手を大きく水平に、空気を切り裂くように振り抜く。それに呼応してまたもや巨木は動き出す。幹は徐々に回転を始め、逃げ惑う男達をあたかもボウリングのピンのように飛ばそうと猛追する。


「これならいける!」


 巨木の射線から逃れた奴らを仕留めようとしたその時、あの余裕のある耳障りな声が聞こえた。


「そんなに何もかも上手くいくわけないでしょぉ」


 マリアはそう言い残し巨木の正面へとその体を晒す。


「丁度いいわ!まずはアンタからやったげる!」


 威勢のいいミハギはさらに巨木の回転数を上げる。しかし猛スピードで迫るそれをマリアは体操か何かの応用か、しなやかな動きで飛び越える。それだけでなく空中でリボンを回転する巨木にくるくると2度、3度巻きつけ、リボンの先を地面に貫通させる。巨木は地面とマリアのリボンにより固定されるという状態になったのだ。


「そんなの引きちぎってあげるわ!」


 勢いを強めるだけでなく、幹から枝を出現させリボンを貫こうとするがそれも敵わない。枝が突き出た瞬間、その枝を包み込むようにピンポイントでリボンが伸縮するからだ。それだけでなく強引に動こうとする巨木を抑え込んでいる為にリボンは巨木の発するエネルギーを一身に受け止めているわけで、本来ならその熱によってリボンなどは一瞬で溶けるはずなのにそれすら起きない。あらゆる攻撃を受け流し、それでいて丈夫さも折り紙つき。こいつは俺が考えていたよりもずっと凶悪な《自我》らしい。


「どうしてよっ……!」


 攻めあぐねるミハギにダメ押しと言わんばかりに新たなリボンが巨木を覆う。そうして暴れるだけの元気を失った木にリンカが手を添える。


「これで動かせないんですけど……」


「ねえリンカちゃん!もう止めてよ!何でそんな人達と一緒にいるの!?ヤバい連中なのは分かってるでしょ!?」


「だって……1人でいると惨めに感じるからに決まっているんですけど……」


「1人じゃないでしょ!私がいるじゃない!」


「…………」


 リンカは答えない。自らの《自我》で口すら固定しているようだ。


「ねえ、答えてよ……」


「あーあ、完全に嫌われてるみたいだねぇ!」


 力なく再び問いかけるも頑なに拒絶されるミハギ。それを嘲笑いながらマリアがリボンを差し向ける。決して不可避の一撃では無かった。しかしミハギには避けるだけの気力はないように見えた。そしてその予想は外れる事はなく、俺はミハギが絡め取られて地面に叩きつけられようとするシーンを見ている事しか――


「そうはさせないよ!」


 突如、違う集団を相手にしていたレナが切り返してこちらへ走ってくる。そのままポニーテールを結んでいた水色のリボンを一気に解く。結ばれていた長い明るい金髪は潮風を受け大きくなびく。レナは持っていたリボンを手裏剣を打つように素早く水平に飛ばす。


 あのリボンには特別(サイガ製)な剃刀が仕込まれている。触れたものを一刀両断する剃刀と思えないイカれた鋭さ、リボンの裏に仕込んでも分からない薄さと柔らかさを兼ね揃えた一級品。何をどうやって作ったのか常人には理解できない。果たしてそれはミハギを拘束していたリボンを易々と引きちぎった。落下するミハギは何とか俺が受け止める。


「助かったわ、ありがとう……」


 そう礼を言うミハギの声はどこか弱々しい。さっきのやりとりをまだ気にしているのだろうか。


「いいかミハギ。さっきのは対話じゃない。お互いに自分の建前をぶつけただけじゃないのか」


 その言葉にミハギははっとする。


「ちゃんと話し合うにしてもそれは少し先の話だ。まずはこいつらが邪魔だ。どうにかするぞ」


「そんなの……言われなくても分かってるわ。私が何年拒絶されたと思っているの。あの程度なんて事無いわ」


「強がるにしてももう少し言う事あるだろ……」


 うん、やっぱりこいつも非リア(こっち)側だ。変な方向に精神的に強い。


「何士気を上げようとしているのぉ?こっちにはスペアのリボンくらいあるわよぉ。さっきのリボンはもう使えないみたいだし、反撃の目はないんじゃなぃ?」


 それは事実だ。レナの剃刀がいくら高性能と言ってもあれは剃刀であってブーメランではない。投擲した後に手元に戻す技術は流石に持ち合わせていないらしい。剃刀は今頃はこの黒い海のどこかを揺蕩っている事だろう。


「本当にどうしよう。数が数だけに休む暇も無いし、何か作戦を考える余裕も無いとなると……」


「なら俺が《重弾》で……!」


「アタシは別にいいけどぉ。優しいリンカが守ってくれるしぃ」


 そう言ってリンカの側へ駆け寄るマリア達。ダメだ。目に見えて派手な攻撃はご法度だ。リンカをこれ以上傷つけさせる訳にはいかない。どうすれば、どうすれば、どうすれば――


「……ねえ、先輩。ここから脱出して態勢を立て直す事が出来れば勝ち目はある?」


「正直それは分からない。ただ、勝機を見出す事はできるはずだ。いつもそうやって戦ってきたからな。けど撤退するにしてもその方法が……」


 何一つ無い、と言いかけた時だった。


 長い蔓が俺とレナを縛り付け空中に浮かす。俯瞰して見るコンテナ群。男やマリア達が小さくちっぽけな存在に見えてしまう。いや違う。今はそんな事を気にしてる場合ではない。


「おい、何やってんだ!」


「私が時間を稼ぐから一旦退いて!安全な所までそれで引っ張っていくからそこからは自分達で何とかして!」


「待ってミハギちゃん!何回も言ったでしょ!1人じゃ何もできないって!」


「その通りよ。私1人じゃ何もできないわ。ここで残っても遅かれ早かれ倒されるでしょうね」


「だったら!」


「でも!!」


 止めるために叫ぶレナ。しかしそれを正面から受け止め、しかし押しのけるようにミハギは叫ぶ。


「私1人なら何もできないけれど、貴方達二人なら何とかできるでしょ!?私はそれを信じてる!貴方達2人ならきっと何とかできる!」


 その堂々と言い切る姿にはこの前のような自暴自棄になった様子は見られない。


「だから……私とリンカちゃんを助けに来てよね」


 その言葉を最後にミハギは俺達を海へと投げ込んだ。あまりにも急な出来事に俺達も、マリア達も反応が出来なかった。そのまま海中を植物の、ミハギの意志で突き進む。海水の冷たさは感じなかった。それよりもミハギの行動が、その心が熱く感じられてそんなものは気にならなかった。



 *


「あの人達を逃してもちょっとだけ自由な時間が増えるだけでしょぅ。そんな事に意味なんてあるのぉ?」


 正面の暗闇でも存在感が薄れない派手な女が言う。アンタに意味なんて分からなくてもいいわ。


「……ミハギちゃん……」


 気がつくとリンカちゃんが私の方をじっと見ている。けれども完全に目を覆い隠すとはいかないまでも目にかかっている長い前髪のおかけで表情が読み取れない。そもそもリンカちゃんも自分が何を感じているのか分からないのかも知れない。そんな彼女に微笑みを返す。今はこれでいい。きっと先輩達が私達を助けてくれたら。そうしたら、ゆっくりと話ができるから。


「ねぇ、誰でもいいから逃げた人を探しに行ってくれなあぃ?」


 その言葉を聞いて何人かの男が街の方へと足を向けようとする。


「そんな事はさせないわ」


 その意志と共に《植物》を発動させる。だけどいつもと勝手が違う。地面からいくつも草木が芽吹く。私が意識的に行っているわけではないのにその範囲はどんどん広がっていき、やがて場にいる全員を囲い込むようにどんどんと成長していく。これは私がやろうとした訳じゃない。だけど私が望んでいた事だ。


 先輩達の為に今できる事を。そう願ったから気まぐれで私の《自我》が答えてくれたのかもしれない。……もしそうなら《植物》に感謝しないといけないわね。私に力を貸してくれて、ありがとう。


「《茨の処女(スオン・メイデン)》!」


 蔓は絡み合いながらドーム状になっていき誰一人として逃がさない牢獄へと姿を変える。蔓は茨へと変質し何重にも重なっていき、逃走を図る事も許さない。


「マリアさん、こんなの無理矢理折れますよ!」


 威勢のいい茶髪の男が金属バットを持ち出し、この牢獄へ強く打ち付ける。しかしそんなものではびくともしない。それも当然。私の思いをそんな下らないもので破れるはずがないじゃない。


「やられたらやり返さないといけないわね」


 茨でできた外壁からは茨の剣と言おうか、鋭い棘が四方八方についているそれがニョキニョキと生えてきて男目がけて突進。痛烈な刺突をお見舞いする。


「ぐああっ!足、足がぁっ……!」


 突き刺された男が呻き声を上げる。あまり直視したくないその傷口はしばらくは動けない、少なくとも先輩を探しに行くのは不可能だと思えるくらい酷いものだった。


「追いかけたいならまず私を倒す事ね」


 一瞬どよめいた集団に向けてそう告げる。そうは言ってもこの人数を全員倒すなんて私にはできない。それでも虚勢でも何でも張らないといけない。一秒でも長く時間を稼ぐためにはほんの少しでも弱気なところを見せてはいけないから。


「本当に目障りねぇ……!」


 ここに来てマリアは憎々しげに私を睨んだ。その眼光はとてつもなく鋭い。そして少しずつ暗くなっていく夜でもはっきり目視できる程ギラギラしている――そんな印象さえ私に与えた。


 いや、負けるな、私。ここが正念場よ。蔓を出現させて鞭のように右手に握る。変幻自在のリボンに対抗するにはこちらも変幻自在の動きで対抗するしかない。


「アタシの真似事なんて無駄だからあっ!!!」


 その咆哮と同時に全ての人間が一気に私になだれ込んでくる。


 そこから先はただただ無我夢中で戦ったわ。そして遂には――



 *


「……ミハギちゃん、大丈夫かな」


 あの後、俺達は海に繋がっている地下道まで運ばれた。その長い地下道から地上へ戻るために先の見えない道を進んでいる。


「きっと大丈夫だ。そうそうくたばらないぞ、あいつは」


「確かにあんなに根性のある娘が弱いわけはないよね……」


 それでもレナの表情は暗い。確かに俺達を逃がすあの行為は完全な犠牲だ。あれが最適解とは言え残された奴らの心境も考慮してほしいもんだ。


「でもまあ、あのやり方は俺もあまり好きじゃないんだ。さっさと助け出して説教してやろうぜ」


「助け出して……そうだね。今は勝つ事を考えなくちゃダメだよね。そうじゃないとミハギちゃんに申し訳が立たないよね」


「ああ、そうだな。まずはあいつらを一網打尽にする作戦を考えよう。ミハギが時間を稼いでくれている間に」


 そうして暫くの間、作戦会議を行いつつ出口を目指した。やがて出口が近づくにつれ、作戦もまとまってきた。後は準備に実行。それだけだ。


 こうして数時間後に、俺達が静かな港町を滅茶苦茶にする大騒動が始まるという事を今はまだ誰も知らない。



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