024ー5 その笑顔を永遠に 5
【修行履歴】
2019年10月30日
①24話を6分割しました。
②文章の訂正をしました。
③主人の思考を表す、表現方法の変更をしました。
【アンジェリーナ・ゾリの実家。ゾリ伯爵邸にて】
────こいつらだけ連れてきて良かった。
行儀良く座っているイリスとレイラを見ながら翔は、思った。
メロは、貴族の屋敷を見たいと駄々をこねたが、貴族の挨拶を教え込まれるうちに自滅した。
アメリアは、人間の貴族が苦手だから行きたくないと言ったので、メロと二人を残し、イリスとレイラを連れてきたのだ。
翔は、偶然出会った、上品そうな下級貴族の親父を口説いて使者に仕立てあげて、ゾリ伯爵への使者にした。
その使いには、レオン・ハルフォードが伯爵に向けて書いてくれた紹介状を託した。翔達が実力ある冒険者で士官を望んでいると言う触れ込みの紹介状だった。冒険者は実力をつけると貴族に仕えて、騎士となる事が多い。
翔達程の実力があれば、士官を望むのは自然な事だった。
レオン・ハルフォードの紹介状の成果だろう、直ぐに来るよう指示がきたため、ゾリ伯爵邸に向かったのである。
ゾリ伯爵は、アンジェリーナの父親らしい誠実そうだが、それだけではない、意思の強そうな鋭い眼光を持つオヤジだった。
翔は、事前にゾリ伯爵が名剣の愛好家である事をアリスに教えてもらったため、魔法で名剣を作って献上した。
「見事な剣だな」
ゾリ伯爵は、翔の創造した剣を見て驚きの声を上げた。
「ゾリ伯爵閣下。この剣は水晶迷宮の最下層から取れた『水晶剣』と言う逸品です」
イリスが説明した。
「美しい剣だ」
「伯爵閣下。我々はランクAパーティー“賢人会”のメンバーです」
イリスが自分達の事を説明した。
「皆、レベル50を超えています」
ゾリ伯爵は、剣から視線を翔達に向けた。
アリスによると、ゾリ伯爵はレベル38の魔法騎士、魔術士のダブルで、なかなかの剣の使い手でもあるらしい。
実力を計っているのだろう。実力的には翔達は、レベル50を遥かに超える実力者なのでゾリ伯爵がどのように試そうが怖くはなかった。
「当家に士官が望みなのかな」
ゾリ伯爵は、尋ねた。
「伯爵閣下は、ゾリ伯爵領主を始めエクス伯爵領主、デニス辺境伯領主と広大な荘園を所有される大貴族様。伯爵閣下にお仕いするのは我ら騎士志望の冒険者の夢でございます」
イリスが説明した。
完全なおべんちゃらだがゾリ伯爵は、まんざらでも無かったのだろう顔に笑顔が広がった。
「士官の事は、ゆっくり考えるとして、暫く当家でゆっくりされると良い」
ゾリ伯爵が言った。
食客として逗留しろという事なのだ。翔が名剣を献上したのは食客として逗留するための宿賃の代わりだ。面倒な事だが、お互いに相手を計るための手続きだ。
もし、ゾリ伯爵が翔達を気に入らないなら、献上された剣を返す。翔達が士官を望まなかったら、そのまま辞去するという仕組みなのだ。
こうして貴族の屋敷に食客になった冒険者は、そのまま食客として何年も屋敷に居候する事になる。そのまま屋敷付きの護衛役となる場合もあり、土地を下賜されて貴族に叙されたり、国王に願い出て騎士称号を下賜してもらったりと様々な将来が待っている。
士官した冒険者の将来は士官した先の貴族の実力次第だ。そういう意味でゾリ伯爵は、ある程度実力を持った貴族であり、もし本当に士官するつもりなら悪い就職先ではなかった。ゾリ伯爵も底の知れない所は、あるがそれなりの人物のようだ。
ここで、めでたしめでたしと翔達の冒険が終わっても良いのだが、目的は別だ。
「ところで、ゾリ伯爵閣下。私は、復活都市でアンジェリーナ・ゾリと仰る美しい女性と懇意にさせて頂きました」
翔が本題に入った。
ゾリ伯爵の機嫌の良かった顔が急に曇るように不機嫌になるのが分かった。
「当家には関わりの無い女性のようだが、その女性は、どのような暮らしぶりだったのか」
そう尋ねた伯爵の顔は、大貴族の鋭さはなく疲れた父親の顔だった。
翔は、包み隠さずにアンジェリーナの事を説明した。その見返りに最新のアンジェリーナの情報が得れるか期待したがゾリ伯爵は何も言わなかった。
翔は、慌てずにアンジェリーナの情報を入手するつもりだった。
しかし、その思いはすぐに破られる事となった。思いもよらぬ珍客が彼らの前に飛び込んできたのだ。
「公子様。困ります……」
急に開いた扉からメイドの女性の声が聞こえた。
「何事だ? 接客中だぞ」
ゾリ伯爵が誰何した。
「ゾリ殿。お邪魔するぞ。余だ」
そう言いながら入ってきたのは、イレーネの主のフランツ伯爵だった。
ゾリ伯爵は驚いたが、直ぐに立ってフランツを迎えた。
「これは、クリストファー公子、フランツ伯爵様。突然のお出ましですな」
ゾリ伯爵の口調には突然の闖入に対する非難が混じっていた。
「ゾリ伯爵殿、こいつらは悪名高い詐欺師なので忠告に参ったのだ」
フランツが少し甲高い声で言った。
「詐欺師ですと?」
ゾリ伯爵が聞き返した。
「こいつらは、私の子飼いの騎士見習いを誑かし、私の飼いならした部下共々に過去に忘れ去られたような冒険ルートに行くように唆して、自分達の士官が少しでも有利になるように仕向けた詐欺師のような奴らなのだ。伯爵は気をつけられた方が良いぞ」
フランツは、そう言いながら気が立ってきたのだろう、体を震わせて喚き始めた。
突然の話に面食らっていた翔達も、フランツの主張がようやく分かった。
フランツは、イレーネ達を取られたように感じたのだろう。
「フランツとやら。先程から一方的な名誉棄損をしているが、覚悟が有って言っているのだろうな?」
そう言ったのは、レイラだった。
翔が見ると、イリスの白眼にも、血管が浮いている。これはやばい気配だ。
「イリス。こんな所で暴れるんじゃ無いぞ」
翔が忠告した。
イリスは、黙って頷いたが、目が完全に座っていた。
「レイラ。お前もだ。こちらの貴公子が根も葉も無い言い掛かりを言ってくるのは勘違いに違い無い。ここで言い争っても仕方あるまい」
そう言って二人の暴発を食い止め、尚且つ、フランツに、向き直ると少し鋭い視線を投げつけた。
「フランツ伯爵。そのような話は筋道を立てて、官憲にでも訴え出て決着されるがいい」
「何を盗人猛々(たけだけ)しい」
フランツは、剣に手を置いて叫んだ。
「下賤な泥棒どもが」
フランツは、そう叫びつつ抜刀し、翔に飛びかかった。
彼も冒険者の端くれでありレベルは45もある。もちろん実力は全く伴っていないが一般人の剣技とは全く違う鋭い剣撃であった。
しかし、翔達にとっては、児戯にも等しい稚拙な攻撃でしかなく、レイラとイリスに手を出さないように合図を送ってから、さてどうするかと考える事が出来るほど、ゆとりのある緩い攻撃でしかなかった。
翔は、一瞬で闘気を最大級に押し上げると翔をめがけて剣技を放つフランツにめがけてオーラを放った。
強いオーラは物理力を持つと言われている。
そのオーラでフランツは意識を失って後ろに吹っ飛んで倒れ込んでいった。
「な、何?」
ゾリ伯爵が驚いて倒れたフランツを見た。
「このお方は、クリストファー公爵の御令息だぞ」
「ゾリ伯爵さん。悪いが、今回の士官の話は無かった事にしてくれ」
翔は、そう言うとレイラとイリスに合図をすると立ち上がった。
「ゾリ伯爵さんよ。こいつは貴族か何か知らんが、こんだけ人をコケにしてタダで済むとは考えて無かったろう」
翔は、フランツの首根っこを掴むと軽く持ち上げて引きずりながら歩き出した。
「待て。クリストファー公子様をどうするつもりだ」
ゾリ伯爵が尋ねた。
「こいつの親父に会って直談判するつもりだ。今後も訳の分からん言いがかりをつけて来られてはかなわないからな。場合によってはクリストファー公爵家は地上から消してやる」
「どの様な経緯が有るのかは分からないが、先程の一連のクリストファー公子様の行動は度が過ぎていた。君達のような実力ある武人に対する行動として甚だ軽率だった。事情を説明してくれるなら聞いたまま見たままをクリストファー公爵様にそのままお伝えするつもりだ。公子様は捨てて置いて頂けないだろうか」
ゾリ伯爵が言った。
翔は、頷くとフランツを本当に投げ捨てた。それから、イレーネ達に別のルートを勧めた事が、彼のパーティーを瓦解させる原因になったとフランツが考えているのだろうと説明した。
「しかし、ゾリ伯爵。俺はフランツをパーティーから放り出せなんて言ってないんだぜ。こいつがイレーネ達と別れたのは、多分自由意志だろう。あるいはイレーネ達から見放されたか。事情は分からんが、完全な逆恨みさ」
翔は、そう説明した。
ゾリ伯爵は、翔の話を黙って聞き終わると頷いた。事情が理解できたのだろう。
「フランツ伯爵様がそれほどに愚かとは……。君達の主張は分かった。フランツ公子様からも事情を聞いて双方の主張を必ず公平にクリストファー公爵様に説明しよう。
ちなみに、君はクリストファー公爵様が『F旅団』と言う最大級のクランの長なのを知っているのか。たとえ君達が私の想像出来ないほど強いのだとしても『F旅団』とまともに戦うのは難しいのでは無いか」
ゾリ伯爵が言った。
クラン『F旅団』は、イレーネ達のパーティー“Fとお供”が属していたクランだった。
────アリス。『F旅団』とはどれほどの規模なんだ?
《『F旅団』は、参加者五千騎と公称している巨大クランです。実際は、パーティー二千八百三十二。メンバー四千三百二十三名のクリストファー公爵配下の冒険者出身の軍を指します。このうち百三十六パーティーがランカーパーティーで、そのメンバー五百七十八名がランカーパーティーのメンバーです。レベル・実力共に国内最強級のクランです。クリストファー公爵自身も冒険者としての経験を持つ実力派です。レベルは38。槍使い》
────そのクラン最強のパーティーは?
《クラン最強のパーティーは、ランクSの“剛腕”となっています。しかし事情があるようです。逆にパーティー“剛腕”の登録を確認してもクラン『F旅団』の所属となっていませんから。おそらく『F旅団』に箔をつけるために“剛腕”にクランの顧問にでも、なって貰っているのでしょう》
────アリス。その“剛腕”と俺達とどちらが強い?
《翔様達の“賢人会”は、今回ランクAという事になりました。ランクでは負けていますが、“剛腕”はレベルアップ・トライアル・ルートに挑戦できなかったパーティーです。その後の経験が豊富と言っても所詮翔様達とはスペックが比べられるものではありません。
例えば“剛腕”の魔術師は第七グレイド魔法を使うのが精々でしょう。“剛腕”の剣士職の実力は、メロさんの杖での物理戦で互角程度でしょう。皆さんのレベルと実力はあまりにもかけ離れているのです。皆さんよりも実力が有るのはスリーSランク級のパーティーで例えば冒険者ギルドの理事達のような方々に限られるでしょう》
────ほう。俺達はそんなに強いか。そろそろレリエルとやっても勝てそうか?
《申し訳ありません。レリエル様とは実力的には、まだまだ開きがあります。レリエル様の今の実力はレベル120を超えているのではと推定されます》
────さらに強くなったな。あいつにそんな才能があったとは意外だな。
《レリエル様の成長ぶりは、あまりにも異常です。何か裏があるに違いありません》
────アリス。ありがとう。『F旅団』の規模は大体分かったよ。
翔は、意識をゾリ伯爵に戻した。
「ゾリ伯爵さん。俺達は、まだまだ未熟なんで強者から逃げ回って暮らしている。しかし、そもそも冒険者になった根本は、嫌な事を誰からも強要されないためさ」
翔は、答えた。
「それは遥かな高みを目指すのだな」
ゾリ伯爵が目を見張って翔の発言に感心した。
「アンジェリーナには、俺達が危機の時に助言してもらったことがある。彼女は、変な組織に加担していると噂で聞いた事があるが、彼女なりに信念を持ってやっているに違いないさ」
翔は、そう言った。
ゾリ伯爵は、フランツを助け起こして、長椅子に横たわらせていたが、翔のその言葉に動作を止めて翔の方に鋭い視線を向けた。
「悪魔と通じる事がか?」
ゾリ伯爵が鋭く聞いた。額に深いシワがあった。
「悪魔の何が悪い。イメージで決めてかかるなよ。このイリスは魔族だが、それがどうだと言うんだ? 性悪天使よりもよっぽど良い子だ。自分の子供を信じてやれ」
ゾリ伯爵は、少し驚いてイリスの可愛い顔に視線を落とした。
イリスがニッコリ微笑んでゾリ伯爵を見返した。ゾリ伯爵は視線を避けた。
「悪いが、悪魔や魔族の事は考えたくない。娘が何を考えているのかも理解したくもない。もしあの子に会う事があるならいつでも帰って来いと言っていたと伝えてくれ」
ゾリ伯爵は、いっぺんに小さくなったかのように肩を落としながら小さな声で言った。そこには貴族でも、冒険者でもない一人の力無い父親と言う生き物が小さく立っていた。
「ああ。必ず伝えてやる。しかしアンジェリーナは、この器では収まりきらんだろう」
翔は、部屋を見回しながら言った。
「あの子は、才能があり過ぎたのかもしれん」
ゾリ伯爵が細い声で言った。
「しかし、帰る故郷や親のいる事は心強いものさ。伯爵の伝言は必ず伝えよう」
伯爵は、黙って頷いた。伯爵の視線の先にはアンジェリーナの子供の時の写真が入った写真立てが有った。客間にそんなものを置いているぐらいだから、家中アンジェリーナの写真でいっぱいなのだろうと思われた。
「伯爵。お邪魔した。我々はこれで」
翔は、そう言って部屋を出ようとする。
「待ってくれ。この剣を返却しないと」
伯爵は、翔が作った剣をテーブルから取りながら言った。
「そいつの刀身を見てから言ってくれ」
翔は、伯爵に言った。
伯爵は、翔に言われるまま剣を鞘から抜いて刀身を見て息を飲んだ。
「その剣は実は俺が魔法で作り出した剣なのさ。アンジェリーナがくれた助言の礼にそれを進呈させてもらおう」
翔は、そう言うと伯爵の返事も聞かずに出てきたのだ。
剣の刀身には、翔が復活都市でみたアンジェリーナの楽しげな姿がレリーフとして刻まれていた。
☆
翔達は、ゾリ伯爵の邸宅から出て、歩いていた。
「翔。せっかくの手掛かりの糸が切れちゃたわね」
レイラが胸の前に手を組んで言った。自分がフランツ・クリストファーに啖呵を切ったのが原因だと少し反省しているのだ。
翔は、レイラが美しい顔で全力で心配しているのが可愛くて頭を撫で回してしまった。
まだ、翔のソフトタッチに慣れていないレイラは「きゃっ!」と小さく叫んで首をすくめた。
撫でられた後に恥かしそうに髪の毛を整えるのが可愛らしい。
「心配するな」
翔は、そう言った。
────アリス。アンジェリーナの写真立ての横に小箱が有ったな。あの小箱は贈り物ぽかったが、あの包装紙は独特のセンスが感じられた。あれは有名店の包装紙じゃないか?
《あれは、『始まりの街』の雑貨店『パニエ商館』の包装紙のようです》
────『パニエ商館』か。もしかしたらアンジェリーナは『パニエ商館』で、買い物をしたのかもしれないな?
翔は、考えてみた。
客間に飾る娘の写真は、特にお気に入りの写真に違いない。その写真の横に置かれた小箱は包装紙に包まれたまま、大切そうに置かれていた。
自然に考えると娘からの贈り物か逆に娘への贈り物だと思われた。
────とにかく『始まりの街』に行ってみるか?
翔はそう考えていた。




