023ー2 イレーネとの再会
サバン魔峡には、幾つもの魔精結晶が生っていた。魔物達は、魔精結晶を育てている感じだった。
「どうして魔物共は、魔精結晶を取り込まないんだ?」
翔は疑問を漏らした。
「魔物は魔精結晶を取り込むと、逆に死んじゃうのよ。でも、肌身離さず持っていることで魔精結晶に認められ、合体して『魔族』になることもあるわ。彼らはそれを狙っているのよ」
イリスが説明した。翔が不思議そうな顔で見たので、イリスはおかしくなって笑った。
「私は別よ。魔精結晶が変質して私になったの。魔王の幼生は全て魔精結晶から生まれるのよ」
「不思議な感じだな。魔精結晶からイリスのような可愛い女の子が生まれるなんて信じられない。俺はイリスがこれだけ可愛いなら、魔王だろうが何だろうが全然構わないけどね」
イリスは、翔が自分の体中を見回すのを笑って受け止めた。なぜか、嫌な感じはしなかった。
「魔精結晶もある程度の大きさに成長するまでに、魔族化することが多いの」
「しかし、普通の魔物でもこれほど強いんだから、魔族化した魔物は想像を絶する強さなんだろうな」
翔は深く考えずに言った。
「その通りよ。もし魔族に会ったら逃げることね」
イリスはどこか自嘲気味に言った。魔族ですらそれほど強いのに、魔王候補である自分の弱さが悔しいのだと、翔はこの瞬間になって気づいた。
「強ければ良いってもんじゃないぞ、イリス」
翔は慌ててそう言うと、イリスの肩に手を置いた。
イリスは翔のされるがままにしていた。これまで翔はイリスにあまり触れなかった。新しいメンバーへの遠慮もあったし、イリスのキャラが真面目な委員長的な感じがしていたからだ。
一方のイリスは、翔がメロやアメリアに触れることに興味も感慨もなかった。そもそも男女間の恋愛感覚など、よく理解できなかったのだ。しかし初めて翔に触れられて、心のどこかで不思議な安心感が芽生えるのが分かった。
イリスは、なぜか頭がボーっとしてきた。何が起こっているのか分からなかった。
「翔! イリスはまだ子供なんだから、その手を離しなさい!」
メロが鋭く注意した。
☆
翔達は魔物を退治しながら、魔精結晶を取り込んで行った。それにつられるようにステータスが上がり、レベルも面白いように上がって行った。水晶迷宮の苦しい闘いが嘘のようであった。
サバン魔峡を突き進むと、時折峡谷の外の世界に出ることがあった。
最初はそのことに気づかず「魔物のレベルが随分落ちたな」などと思いながら進むと、そこが街道や人里だと知り、自分たちが魔峡の外にいることを悟った。
ある時、村人から「どこから来たんだ」と聞かれたことがあった。翔がサバン魔峡の方を指差すと、村人は笑って鼻で笑った。
「冗談言っちゃいけないよ。そっちは魔物の巣窟谷だよ。あそこの谷は魔物が異常に強い。大昔、神々が人を試すために作ったそうだが、今は誰も近づくことすらできないらしい。あんた達も気を付けなさいよ」
サバン魔峡は、人跡未踏の魔境として付近の住民に恐れられていた。魔界の魔物に匹敵するほど恐ろしい魔物がいるから絶対に近づくな、と村人は執拗に忠告してくれた。
「なんでそんなに必死に忠告するんだい?」
「お前達は見たところ、ろくでなしの冒険者だろう。しかも少しは腕が立ちそうな雰囲気じゃないか。お前達みたいなのが一番危ないのさ。バカな真似をして親御さんを泣かせるんじゃないよ」
村人は最後には真剣に叱り始めた。さすがに辟易したが、悪い気はしなかった。
「爺さんも達者でいろよ」
最後には翔も笑いながら手を振って別れた。
☆
そんなある日、翔達はサバン魔峡付近にある『コパナ』という街に立ち寄った。
人口数千人のこの街は、中級者ルート『ストルバーゲン迷宮』に至る交通の要衝だった。そこには一癖も二癖もある凄腕の冒険者が集まっていた。
美女三人を連れた翔は目立ったが、この辺りの冒険者は翔たちの実力を直感で察するのか、言いがかりをつけてくる者はいなかった。ただ、その視線は鋭く好意的ではなかった。
翔たちがギルドに立ち寄ったのは、レリエル対策のためにユグドラシルの魔法体系を学べる家庭教師を探すためだった。
そこで、意外な人物に出会った。イレーネ達のパーティー『Fとお供』だった。
「君達、あの『首無馬』の子達ね!」
最初に声をかけてきたのは、召喚士のディリアだった。イレーネもこちらに気づいて駆け寄ってきた。
『イレーネ・ハウザー。17歳。騎士(サブ:魔法剣士)。レベル49。クラン名:F旅団。パーティ名:Fとお供』
イレーネのステータスは随分上がっており、僅かだが闘気も纏っていた。
「イレーネ、久しぶりだな」
翔はイレーネの肩に手を置いて言った。イレーネは翔を眩しそうに見つめ、目を丸くしている。
「凄いオーラね。翔、あなた達は見違えたわ」
「イレーネ、凄っいね! もうすぐレベル50じゃない!」
メロが大喜びで駆け寄り、イレーネの手を取って跳ね回った。
「メロも凄いじゃない。レベル42……って、複数職業なの?」
「そう。メロは、やっと天才魔術師に戻ったの!」
メロはおどけて、両手に巨大な魔法円を術式展開してみせた。フェイクとして漫画風のデザインを混ぜてはいたが、その術式の美しさ、鮮明さ、展開速度は異常だった。
一目で魔術能力が極端に高いことが分かる。周囲の冒険者たちは、まるで女神が下界に舞い降りたかのような神々しさに呆気に取られていた。
「メロ、騒がしいぞ」
「ふぁーい」
翔が一蹴するように叱ると、メロはふざけて敬礼してみせ、魔法陣を消した。ディリアなどは驚きのあまり、口が開きっぱなしになっていた。
「イレーネ、騒がせて済まない。君たちは凄く人気みたいだな。俺たちは隠棲している坊さんみたいな生活だったから疎いんだが、噂は聞いているよ」
翔は心底からイレーネを褒めた。自分たちが苦労した分、彼女たちの積み重ねを尊重していた。
「あなた達は、あれから『レベルアップ・トライアル・ルート』に挑戦しているの?」
「ああ。今はそこの『サバン魔峡』の魔物を退治しているところさ」
「えっ……サバン魔峡ですって? あそこの魔物はレベル50を超えると聞いているわ」
「そうだな。レベル60を超えるボスもゴロゴロいるぞ」
「ろ、60……!?」
ディリアが叫び声を上げた。レベル40程度の翔たちが、格上の魔物を相手に勝てるのかとイレーネは息を呑んだ。
「ああ。レベル60ぐらいなら、このメンバーの誰でも一人で殺れるだろうな」
翔は何でもないように言った。ユグドラシルの常識では考えられないことだ。
翔は驚愕する彼女たちに、これまでの修行――水晶迷宮での何百回もの死闘を、失敗談を交えて笑いながら説明した。
「あなた達の中で、召喚ができるのは誰なの?」
ディリアが食い下がる。
「みんな召喚ぐらいならできるが?」
「召喚ぐらい、って……」
召喚士のリディアは崩れ落ちそうになった。高度な召喚技術を「誰でもできる」と言い切る異常さ。
「首無馬を召喚したのは誰?」
「コシュタバワーなら皆できるぞ。アメリアは魔物を『仲間』にするし、メロと俺は『使役』、イリスは『支配』だ。どれが一番かは試したことがないから分からないな」
「仲間? 使役? 支配……!?」
ディリアは泡を吹いて倒れそうなほど目を白黒させた。あまりのカルチャーショックに膝をつくリディアを、翔が助け起こし、背中をさすってやる。
それを見たメロが、翔の手をきつくつねった。
「わぉ!」
翔は驚いて飛びすさった。メロに威圧を返そうと無意識に闘気が漏れ出してしまう。
それを受けたイレーネとディリアは、初めて浴びるレベルの凄まじいプレッシャーに息が止まりそうになった。翔は慌てて二人を支えた。
「すまん。つい闘気を出してしまった」
「あなた達、本当に……凄いのね……」
イレーネは朦朧とした意識の中で、弱々しく呟いた。
「これほど強いオーラを浴びたのは初めてよ……私たちの修行、考え直さないと……」
悲痛な眼差しで自分たちを振り返るイレーネに、翔は笑って言った。
「後ろ向きな反省なんて止めろ。今からでもトライアル・ルートを再挑戦すればいいじゃないか」
「でも、こんな中途半端なレベルになったら、一から挑戦なんて……」
「女神ブリュンヒルデは、皆にこれを使ってほしいと願って作ったんだ。押し入ってでも挑戦してみろよ。やり方は教えてやる」
翔は迷宮の入り口や『試練の間』の仕組みを丁寧に説明した。
イレーネの目には、強い決意の光が宿っていた。今日の再会は、彼女にとって「正解」を突きつけられた確信の瞬間となったのである。
【再会と衝撃】
・サバン魔峡にて、イリスと翔の距離が少し縮まりました。
・人里離れた「魔峡」が、世間ではどれほど恐れられているかが判明。
・かつての仲間、イレーネたちと意外な形での再会。
・翔たちの規格外な成長に、ベテラン冒険者たちも驚きを隠せません。
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