015ー8 蝶々は蛹に戻れるのか?
翔たちは、全ての魔物の素材の鑑定が済んだので買取カウンターから受付に戻った。
一角岩鬼討伐の報奨金と合わせて七十五金貨あまりが支払われた。
「翔さん。凄いです。こんなに一人で持ち込まれたのは初めて見ました」
エミナは、既に相当に興奮していた。もはや、翔たちの実力を疑うどころか、称賛することにためらうことはなかった。
「ああ。そうなの。それより『レベルアップ・トライアル・ルート』クエストの受付をサッサと済ませてくれる?」
「すみません。疑った言い方をしてしまって。翔さんは私の常識で判断してはダメな方なのですね。もう、突っ込みません。でもレベル8がどうしてもチラついちゃいます」
「そのようだな。だからサッサとレベルを上げるための『レベルアップ・トライアル・ルート』だろ?」
「はい。承知しました」
翔の横柄な態度も今では違和感がなくなっていた。
「それでは『レベルアップ・トライアル・ルート』クエストの受付をします。このクエストについて、何か質問はありませんか?」
「どんなクエストか一応説明してくれ」
「承知しました。しかし、私も知らないクエストなので端末の情報を読ませてもらいますね」
「それで構わない」
「これは、戦女神のブリュンヒルデ様が設計された冒険者支援ルートです。創られたのはギルドの草創期ですね。このクエストは最近は使用された事はありません。まずルートの初めとして、肩慣らしという事らしいです。それでは概要を説明しますね……。え? す、水晶迷宮の……き、九十九層を、さん? 三度往復した後に最下層の百層にあるラスボスを討伐し魔精結晶を採取。それを、十? 十回も行った後、今度は五百? すみません、五百層もある金剛迷宮を同じように攻略……。次に私はどこか知りませんがサバン魔峡にて魔精結晶を採取だそうです。しかも条件があり、そこの魔物を全て狩り取ると書かれています。それからギカン火山の巨人族ギガンデス狩りを行う……」
ここでエミナは端末を読むのを止めて翔を見た。顔が青ざめている。
「……翔さん。これは神話のような内容ですね」
「もういい」
翔が遮った。翔は薄々想像していたが相当にえぐいクエストのようだ。
内容が難しいことはエミナの態度を見なくても容易に想像できたが、彼女の反応が翔の気分をさらに落ち込ませた。
────アリス。本当に大丈夫か?
《もちろんです。何度も死ぬでしょうが、復活できます。それがトライアルという意味です》
────マジかよ……。
翔はそう思いながら迷妄した。エミナは、迷いを見せる翔の姿を見て少し安心した。「諦めるのだろう」そう思ったのだ。
「もう、説明はいいからサッサと登録してくれ」
しかし、翔はウンザリしたような声で言った。
「本当に登録するんですか?」
エミナの声は裏返っていた。
「サッサとしろと言っている」
「す、すみません」
翔から叱責されてエミナは慌てて登録手続きをした。
「登録が済みました」
エミナは、そう言うとクエスト証明書を翔に渡した。その手は震えていた。
「ありがとう」
震えるエミナの手に苦笑しつつ、それでも翔は礼を言って立ち去ろうとした。
「待ってください。パーティーの皆さんの情報を入手するためにランクカードを預かっています。更新が済んだようなのでお返しします」
エミナが端末からカードを抜き取ったその一瞬、ステータス合計の欄が彼女の目に入った。
アメリアの数値が、確か千六百余りだったはずが、千九百キッチリになっているのが見えた。丸い数字になったので見間違えではない。ザっと暗算するとレベル換算で約18に変わっていた。
────こんなに数値が上がるなんて……。
エミナは困惑しつつも、条件クリアに支障がないのなら問題はないだろうと、構わずカードを翔に渡した。翔はカードを受け取るとさっさと去って行った。
残されたエミナは、クエスト受付の残務処理をしていて飛び上がった。
画面に赤く点滅する注意メッセージが表示されたのだ。【即時報告規定適用】。見たこともない規定だった。
規定集をひっくり返して確認すると、『可能な限り速やかに理事会に報告するよう取り計らう』とあった。今日が理事会当日だと知っていたエミナは、後のことを同僚に任せ、奥のドアへと走り出した。
☆☆☆
【エミナが理事会に駆け込んで間もなく。ギルド本部の理事会会場では……】
エミナから『レベルアップ・トライアル・ルート』の申請を聞き、神々の代理人アデル・メイシーが身を乗り出した。
「戦女神ブリュンヒルデ様に報告せねばなりません。その申請した者はどんな冒険者なのですか?」
エミナは、翔たちのレベルや一角岩鬼討伐の詳細を説明した。
「……それから、メンバーの一人、アメリア・ラサーンの能力ですが、レベルは下がっているのに前回からなぜかステータスが三百以上も急に上昇しました。職業がレア職のオプティマスに変わったという点以外、心当たりはありません」
「至高者に変わったと?」
アデルが尋ねると、火の妖精種の長ベルンハルト・シェーペリが答えた。
「恐らくその娘は脱皮を行ったのだろう。光の妖精の世界アルフヘルムに住む古の種族は、脱皮をするたびにステータスが上がると聞いたことがある」
「ほう。なかなか先行きが楽しみなルーキーが現れたようじゃな。“賢人会”とは気宇が大きい。はははは」
大賢者ゾングアルス・リルドベリが楽しそうに笑い、ジークムンド・ノルドハイムも手を叩いて同意した。
「アデル様。皆さんはご存じないかもしれませんが、そのトライアルとはどのようなクエストなのですか?」
オロフ・グルブランソン理事長が尋ねると、アデルが語った。
「戦女神ブリュンヒルデ様は、勇ましくも優しい女神様です。彼女は人々を成長させることを最優先とした過酷な支援ルートを創られました。しかしあまりに過酷なため、この千年の間、挑戦するものすら皆無となっていました。ブリュンヒルデ様はこのルートに強い心残りがあり、一人でもクリアされることを願っておられました。そのために多少の助力も惜しまない、と。だから、挑戦者が現れた時は間髪入れず報告せよと厳命されていたのです」
「女神様はそれほどまでに心を砕いておられるのですね」
ゾングアルスの言葉にアデルが頷く。
「では、私は直ぐにアースガルズに赴きブリュンヒルデ様に知らせに参ります」
そう言うと、アデル・メイシーは転移魔法で姿を消した。
☆☆☆
【それから約一時間後、料亭にて】
アメリアは白い糸に包まれた繭のようになっていた。その横ではメロが何枚もの空皿を並べてまだ食事中だ。そこに翔が戻ってきた。
「それで?」
翔が一目見て尋ねると、メロが答えた。
「翔。アメリアが蛹に戻っちゃった」
────アリス。理由が分かるか?
《分かりません。成虫になる前の蝶のようですね。生命反応に異常はありません》
「メロ。よくこんな状況で食べていられるな」
メロを睨みつける翔だが、メロは「アメリア、好きでなってるんじゃないの?」とどこ吹く風。翔はそっと繭に触れてみた。絹のような手触りだ。
すると突然、「本当に美味しそうだな」という声がした。
驚いて振り向くと、そこにはアメリアが普通に座っていた。先程よりも美しさが増して見える。
「アメリア、大丈夫か?」
「少し横になったら随分楽になった。前よりもずっと調子が良いわ」
アメリアのステータスは脱皮により300以上上昇していたが、本人は気付いていない。
「ギルドで『レベルアップ・トライアル・ルート』の登録を済ませてきた。あと、パーティー名はメロが言っていた“賢人会”にしたが良いか?」
「賢人とは救世主のことだ。良い名前だな」とアメリア。しかしメロは「違う。美味しい鳥、ソーセージのような味。大好物」と言い出す。アメリアのツッコミに翔は頭を抱えた。
だが、名前よりも覚悟が先だ。
「いいか。次のクエストは水晶迷宮百層を三百回往復、さらに金剛迷宮五百層も同じだ。嫌というほど死ぬことになるぞ」
「メロは復活が得意。何度も死んだもん。大丈夫」
「私もバカ貴族に何度も殺された。復活するなら構わない」
あっけらかんと言い放つ二人に、翔とアリスは驚きを隠せない。
「明日から、死のレベルアップ・トライアルだ!」
翔は力強く宣言した。
☆☆☆
【アメリアの脱皮後の成長の様子】
○アメリア
レベル11
戦闘レベル18相当【6UP】
魔法レベル19相当【6UP】
全体のレベル19相当
015 了
更新しました!
ついにパーティー名「賢人会」が正式決定!
……ですが、まさかの「ソーセージみたいな美味しい鳥」との聞き間違いだったとは(笑)。
メロらしいオチがつきましたが、その実、意味するところは「救世主の会」。名前負けしない激闘がここから始まります。
そして判明した修行ルートのえぐすぎる内容。
「百層を三百回往復」という正気を疑う設定に、あっけらかんと「死ぬのは慣れてる」と返すヒロインたち。
このパーティー、実は翔が一番常識人(?)なのかもしれません。
次回、いよいよ「死のトライアル」が始動。
女神ブリュンヒルデが授けるという「助力」の正体とは……?
物語がいよいよ加速していきます!
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