015ー7 最強(ばけもの)達の宴
翔がそのまま歩いて受付のカウンターに到着した頃。ギルド本部のとある会議室では……。
そこは翔が向かったギルドのカウンターからさらに奥の方、ギルドの建物の中のほぼ中央付近に位置する場所にある部屋だった。巨大な円形の会議机が置かれた、重厚な作りの部屋だ。
その部屋の扉には、「冒険者ギルド本部理事会」と銘打たれた看板が掲げられていた。
円形の会議机には十二の座席が置かれており、冒険者ギルドで最高の地位にある理事たちが座っていた。円形机の中央には、司会係の美しいキャリアウーマン風の女性が立ち、魔法アイテムの拡声器で話していた。
「議題の一番目です。蝕の現況をお知らせします。今回発生したのは蝕としては規模が小さすぎるため、蝕とはみなされませんでした。幼生化した魔精結晶は魔界貴族程度にしかなれないとの判断で討伐は見送られました。度重なる討伐で会員の皆さんは非常に疲弊しているのです」
そこで司会役の女性は言葉を切って、理事席に座る皆の反応を伺った。
彼女は冒険者ギルドの理事長の秘書で、今年24歳になるリナ・カルミィコフという。理事たちのお気に入りのマスコット的存在だった。彼女は表情が豊かで、周りを明るい気分にさせる才能を持っていた。
冒険者ギルド本部の理事たちは「最強」の理事長を始め、あまりにも癖がありすぎて手綱を握れる者がいない。リナは、そんなお偉い爺さんたちに人気があった。そこで運営の幹部たちは、リナを司会進行としてこの場に立たせるようになったのだ。
「次の蝕の兆候である魔精結晶が幼生化する時期ですが、運命女神の一人、トゥラン様の従者である天使ラサス様から、『破の月』との御神託を頂いております」
「破月だと。来月じゃないか」
発言したのは、ライザー・アルニノン。十二人の理事の一人で、ドワーフの長老だった。長い白ヒゲが印象的な人物だ。短気なドワーフの中では穏健派と言われている。
「蝕の兆候が頻発するのう。しかし、そう度々蝕の兆候が起こっても対処しきれんぞ。いっそ、魔界の奴らに狩らせたらどうだ」
「老人、馬鹿なことを言うもんじゃない」
ここで、一人の理事、ジークムンド・ノルドハイムが遮った。
「魔界の戦争狂どもに一度でもミッドガルドの地を踏ませようものなら、二度と魔界になど戻ろうとせず、そのままラグナロクの戦争に突入するに違いありません」
ジークムンドは、九回目の蝕の魔王を退治した英雄フィガロ・コレステローテンの一番弟子だった。ちなみに彼の師匠フィガロは昇天して、今では天使キサエルとして神界の住人になっていた。
「小僧、分かったような口をきくな」
ドワーフの長老ライザーが噛みついた。
「わしらは、この二百年もの間に二度も蝕に見舞われ災厄を経験した。そもそも、魔界の奴らの安寧のために、なぜ我らの地下世界ニダベリールの英雄たちの命を注ぎ込まにゃならんのか理解できん。奴らにも手伝わせれば良いのじゃ」
「正論だな。アールフヘイムの同胞も、老人の主張と気持ちは同様だ」
そう主張したのは火の妖精種ユッシ族の長で理事のベルンハルト・シェーペリだ。彼は炎の妖精らしく赤いオーラを発しており、その光で薄暗い部屋が明るく照らされていた。
「ドワーフの隣人ライザー殿も、アールフヘイムの妖精ベルンハルト殿も発言に感謝する。わしらもお二人の申すように愚痴りたいことは山ほどあるのう」
そう発言したのは、「最強」という異名をもつ理事長オロフ・グルブランソンだった。
「ジークムンドの坊主は真面目過ぎだ。お二人とも許してやってくれ。皆さんの要望に則って魔界の奴らにもそれなりに代償を要求していこう。さらに良い戦士がいるなら差し出させれば良い。しかし誰が誰に要求するかじゃが」
ドワーフの長老ライザーは、ギロリと理事長オロフを睨みつけた。話の内容から理事長の腹には良からぬ意図が隠されているのは明らかだ。
「オロフ理事長、もう良いぞ。ワシはそんな役回りはごめんだ。ただの愚痴だ。構わんからサッサと会議を進行してくれ」
ライザーはそう言ってオロフ理事長の機先を制した。他の理事たちから失笑が漏れた。
「ありがとうございます。それでは、会議を進めさせていただきます」
リナが笑顔で会釈して会議を進める。
「破月に起こると予言された『蝕の兆候』には、ランクS“火神の杖”とランクS“剛腕”の二つのパーティーに対処させる予定です。天宮に、英雄半神の応援を頼みましたから大丈夫だと思われます」
「天宮から誰が来てくれるんだ」
理事の一人、ゾングアルス・リルドベリが聞いた。彼はつば広の三角帽子を被る魔術師の風貌の老人だ。前回の蝕の魔王パバゾを退治した大賢者にして大魔術師の英雄だ。
「今回は、半神英雄コスナー・レストン様と伺っております」
「コスナーが降臨してくるのか? 会えるなら手筈してくれ」
ゾングアルスは過去の仲間の名前を聞いて喜んだ。
「もちろんです。そのように手筈いたします。よろしければ大賢者様も幼生退治にご一緒されますか?」
「いや。わしは前の蝕で大した働きもせんのに英雄と祭りあげられとるだけじゃ。前の蝕は魔王と言うには恥ずかしいような弱い幼生だった。半神に昇神したコスナーの邪魔になっては恥ずかしいからの」
ゾングアルスが答え、意味ありげに皆を見回した後、付け加えた。
「不発の蝕の次の蝕は、規模が巨大になると言う。今度の蝕がそうならないことを祈るだけじゃ」
「そんときゃ、わしらは総動員されるんじゃろう?」
ドワーフの長老ライザーが、大賢者ゾングアルスに突っ込みを入れた。
「そうなるのだろうが、まずはその前に、理事長以下、魔王と戦ったことのない若者チームを作り対処してもらう。それが蝕の時のしきたりみたいなもんじゃ」
ゾングアルスがからかうように言った。長老格の理事長が討伐メンバーに入っていないことを揶揄したのだ。
「ゾングアルス大賢者殿、勘弁してくだされ」
理事長オロフ・グルブランソンが声を上げた。
「確かにワシはゾングアルス殿よりは一回り若いかもしれんが、いい歳をしてジークムンドたちと一緒に討伐なんぞ無理がありますぞ」
「しかし、ミッドガルド最強の冒険者が一度も魔王と戦ったことがないなど宝の持ち腐れじゃぞ」
ゾングアルスが追い打ちをかけた。彼はレベル不詳の大賢者で、多くの謎に包まれている。
「本当に、勘弁してください。ワシのレベルなどはたかが知れておるのに」
理事長オロフはレベル280というとてつもないレベルだと公表されており、世界最強として有名なのだ。
「ワシが最強なわけがない。そもそも最近の若造どもは、魔術魔術と猫も杓子も馬鹿のように魔術ばかりに気を取られるから、半端なレベルで行き詰まるんだ」
最後の方は老人の愚痴になっていた。
「師匠、その辺で。会議を進めましょう」
そう言ったのは、理事の一人アタナージウス・クラーレだった。彼は理事長の一番弟子で、現在ミッドガルド最強のパーティー“大鷲”のメンバーだ。
「ああ、年寄りの繰り言だな。すまん。リナ、進めてくれ」
オロフ理事長が素直に謝った。リナはニッコリと微笑み、アタナージウスに軽くお辞儀をして礼をした。美しい笑みを向けられたアタナージウスは、蕩けたような笑顔を返していた。
「それでは、議題の二つ目に入らせていただきます。初中級冒険者の育成状況の報告です。現在、ルーキーの中ではランクDの“Fとお供”が一番先行しております。同パーティーは超初心者向ルートをほぼクリアしたようです。次回のアタックで踏破し、そのまま初心者向山脈越えに取り掛かる見込みです。彼らの平均年齢は23歳と、ルートマスターとしては最も若いパーティーとなる予定です。このパーティーはエステランド公爵の子息、クリストファー・フェステン伯のパーティーです。ランクDは公爵への配慮もありましたが、資質と豊富な資金で相応の成長を遂げました」
「なんだか物足りんのだがなぁ。やはり今流行りの『命を大事に……レベル上げ』が生温く感じるのかのう」
オロフ理事長が呟くように言った。
「そうじゃな。ワシらの時代は『復活障害』を覚悟で『ガンガンいこうぜ』という感じで、ルートのアタックをしていたもんじゃ。あれはレベルが下がるから辛かったがのう」
ゾングアルス大賢者が追随した。
「死ぬのは怖いが、それが有るから真剣さが増し、成長も早まるってことなんだがな」
「皆、分かっていても何度も死を経験する勇気はなかなか持てませんよ」
ポツリと言ったのは、理事マルグレット・カルムだ。“大鷲”のメンバーで、トリプル職業、レベル89という女性冒険者の最高峰だ。
リナは話を受け継いだ。
「次に、中級ですが、ランクC“大熊”は中級者向迷宮の十二層で断念しました。初心者向山脈でレベル上げを行い再出走するとのことです。ランクE“剣束”は、初心者向山脈六合目をアタック中。以上が各ランクのトップ状況です。次に上級ですが、“早風”をランクAに昇格させます。隠退前の餞別です。“赤い竜”は、有力メンバーの隠退によりランクSからAに脱落。上級パーティーの経過は芳しいとは言えません」
会議室は重苦しい空気に包まれた。
「年々、冒険者の質が落ちていると感じるのはワシだけかの」
オロフ理事長の言葉に、リナが補足する。
「数字でもハッキリ出ています。ランクE級以上のパーティー数は25年前に比べて13.32ポイント落ちています。由々しき事態です」
「元凶は、死なないレベル上げじゃ」
理事長が再度呟くと、戦女神の代理人、アデル・メイシーという半神英雄が口を開いた。
「常々、我らの主人たちは、もう少し厳しい修行をお望みです」
「はっ!」
皆がサッと頭を下げた。アデルが発言すれば、それは神威の発揚となり、誰も逆らえない。
「リナ、メイシー様の御神託を回覧するよう取り計らえ」
理事長の命を受け、リナは敬礼して筆記した。しかし、修行を厳しくせよとの神託が守られていない現状を、ここにいる全員が認識していた。
「次に第三の議題、各支部の活動状況報告です……。復活都市支部ではルーキーいじめが後を絶ちません……」
結論の出ない議論が続き、理事たちの顔には疲れの色が濃くなっていった。
「次に第四の議題です。テロ組織、闇クランについてです。復活都市に“壊滅党”の一味が潜伏しており、重要書類を持ち出したとのこと。主犯と目されるアンジェリーナ・ゾリは情報を収集した後、『始まりの街』に向かっています。同一味と目されるグアリテーロ・デ・ミータらの“矢羽”も姿をくらましており、潜入を図っていると思われます……」
説明が続く中、会議室のドアを激しく叩く音が響いた。
ドアが開き、一人の受付嬢が飛び込んできた。
「私はエミナ・カーナという一般受付です。先程『レベルアップ・トライアル・ルート』クエストの承認申請が出され、正式に受理されました。理事会開催時は即時報告せよとの規定に従い、報告いたします!」
「なに!」
叫んだのは神々の代理人アデル・メイシーだった。
「それは一大事だ。戦女神ブリュンヒルデ様に直ぐにお知らせせねばならん。その者の特徴は?」
更新しました!
ギルド中枢の理事会、そして神々の代理人までをも震撼させた「レベルアップ・トライアル・ルート」の申請。
本人はひょいっと受付を済ませただけなのですが、気づけば世界を揺るがす大ごとになっています。
一話分を分割してお届けしているため、ここから物語の密度はさらに加速していきます!
神々すら色めき立つこの事態に、翔はどう巻き込まれていくのか……。
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