012ー2 小鬼と豚鬼はどちらが強いか
冒険者ギルドに向かう途中のこと。今日は新生パーティーの再出発ということで、ランクアップのためのクエストを受けることにした。翔がそう切り出すと、メロもアメリアも「翔の言う通りにする」と言って、詳しい話を聞こうともしない。
「お前ら、少しはレベル上げのためにどうすべきか考えて意見を言え」
「面倒くさいから嫌。翔が考えて」
メロはにべもなく突っぱねた。
「作戦を考えるのは下々の仕事だ」
アメリアもふんぞり返って言い返す。
「パーティー戦は作戦が命だぞ」
翔が説教を始めようとしたが、二人は翔に魔法でどんな防具を作らせるかの相談で盛り上がっており、翔の言葉など耳に入っていない様子だ。
「……お前ら、わざと無視してるだろう」
二人が揃って頷くのを見て、翔は大きなため息をついた。
そうこうしているうちに、一行は冒険者ギルドに到着した。
今日はいつものエントランスからではなく、ランカー専用サロンの入り口から中へ入る。
ギルドに来るたびに見かける、剣士に扮した女魔術師ミラ・エルナイドがエントランス側から陰険な視線を向けてきていたが、翔たちは気にする様子もなかった。
サロンには、例のダグたちのパーティーもいた。しかし、彼らは翔たちに視線すら向けてこない。壁にぶつかって成長が停滞している彼らにとって、新進気鋭のルーキーは目障りで、直視したくない存在なのかもしれなかった。
ここにいる冒険者たちは、目利きや鑑定などの技能を持っていることが多い。熟練のランカーであれば、翔たちが恐ろしいほどの付与魔法で強化されていることは一目瞭然だった。
何しろ付与魔法の施された装備は高価だ。タダで付与魔法をかけ放題の翔たちには、周囲から向けられる羨望の視線の意味が理解できていなかった。
あまりに悪目立ちしすぎているのだが、そんな状況が日常となってしまった翔は、変に慣れてしまって逆に気づけずにいた。
翔はメロとアメリアをサロンに残し、ランカークエスト用の受付カウンターへと向かった。
そこにいた受付嬢は、一般窓口の職員とは一目で違いがわかるほど洗練された、美しい女性だった。
『マリージョゼ・リバス。二十五歳。レベル28。鑑定士、魔法騎士』
(――アリス。この人は職業が二つあるな)
《「ダブル」と呼ばれる特殊な才能を持つ者は、レベル25程度になると二つ目の職業に就くことが可能になります。二つの職業の恩恵を受けられるため、シングルよりもステータス値が高い者が多いです。翔様もダブルである可能性が高いと推測されます》
アリスの説明を聞き、翔はなるほどと得心した。
「おはようございます。ランククエスト受付へようこそ。ショー・マンダリンさんですね」
顔を見るなり名前を言い当てられ、翔は内心でアリスに尋ねた。
(鑑定士だから、鑑定能力でわかったのか?)
《はい。彼女は鑑定能力を持っています。さらにギルドの受付は「世界樹ネット」の端末操作を許されており、情報の閲覧・操作が可能です》
(どこまで分かるんだ?)
《私とほぼ同等の情報照会が可能です》
(分かった)
「ああ、名前が分かるんだな」
翔は感心したふりをして応じた。
「はい、皆さんの名前はこちらの端末で。……ところでショーさん、あなたに預かり物があります。イングベルト・ザイフリート様とお知り合いなのですね」
「イングベルトさんからの預かり物?」
「そうです。少しお待ちください」
しばらくして、受付嬢のマリージョゼが戻ってきた。
「ショーさん、こちらです」
彼女が差し出したのは、重そうな金属の棒だった。長さは約百五十センチ、太さは四センチほどの六角棒だ。
翔はその棒を受け取って驚いた。見た目に反して、驚くほど軽いのだ。
「イングベルト様からの言伝です。『これはミスリルとアダマンタイトの合金だ。付与魔法の媒体としてミスリルほど適した物はなく、アダマンタイトほど魔法耐性に優れた金属もない。この合金を、付与魔法の研鑽のために翔殿に進呈する』とのことです。さすがは高名な冒険者様、豪気な贈り物ですね」
(アリス、「豪気」ってどういう意味だ?)
《はい。ミスリルもアダマンタイトも極めて高価です。これほどの塊であれば、恐らく百万金貨以上の価値があると思われます。それ以上に、アダマンタイトは硬すぎて加工が困難な鉱石。それをいかにしてミスリルに溶かし込んだのかは不明です》
(……どうして俺に、そんな高価な物をくれるんだ?)
《イングベルト・ザイフリート様は「蝕」の危機を退けた英雄です。その年齢からも多大な財産をお持ちでしょう。そのような御仁が、見込みのある者に財産を分与することは稀に良く見られる光景です》
翔にしてみれば「なぜ自分に」という思いが強かったが、手に持ってみると、この合金が付与魔法に極めて適していることが肌で理解できた。
軽くて硬く、そして美しい。これから作ろうと考えていた武具の材料として、これ以上のものはない。この合金の存在を知れたこと自体、今の翔にはありがたかった。
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「クエストを受けたいんだが」
気を取り直して、翔はマリージョゼに申請した。
「承知いたしました。ショーさんはFランクですので、Fランククエストになりますね」
「ああ。その中でも最難関で、なかなか完了報告が上がらないようなやつはあるか? そろそろランクを上げようと思っているんだ」
ゴブリングレイトの討伐がFランク相当だったことを考えると、今の自分たちに通常のFランクは物足りない。少し歯応えのあるものを、と考えての質問だった。
「それでしたら、あるFランクパーティーが失敗したクエストがございます。現在、そのパーティーから難易度設定への異議申し立てが出ており、ランクが見直される可能性がある案件ですが、いかがなさいますか?」
「どんなクエストだ?」
興味を惹かれ、翔は先を促した。
「豚鬼の群れの討伐です。報奨金は金貨七十枚。ちなみに異議を出されたのは、ショーさんたちとも因縁のあるダグ・ファイアーさんのパーティーですが……よろしいですか?」
この受付嬢、本当に何でも知っている。
「あいつらは、どんな異議を唱えてるんだ?」
「出現したのがオークではなく、より凶悪な魔物だったと主張しています。体格もオークにしては大きすぎ、角が一本生えているのが特徴だとの申告です。一匹でも仕留めて持ち帰っていれば、正体が判明したのですが……」
(アリス、今の情報で何か分かるか?)
《「一角岩鬼」でしょう。オークの三倍ほどの大きさに成長する個体もいる岩鬼種で、オークとは比較にならない強さを誇ります。ユニオーガ自体はオーガの中では比較的弱い部類ですが、群れを作るのが特徴です。一匹の個体能力は、狂戦士化したゴブリングレイトよりは多少劣りますが、通常、五十匹程度の群れを形成します》
(あんなのが五十匹もか……)
あの凄まじかったゴブリングレイトの戦いぶりを思い出し、翔は一瞬躊躇した。
《私の分析では、クエストの完遂は問題ないと思われます。しかし、ゴブリングレイトの件もあります。あるいは「蝕」の影響で、魔物の凶悪化が進行している可能性も否定できません》
(そういえば「蝕」って言葉、よく出てくるな。そいつは一体何なんだ?)
《「蝕」とは、太陽神の力が損なわれる現象を指します。原因は魔王の復活と密接な関係があるとされていますが、蝕が魔王を呼ぶのか、魔王が蝕を引き起こすのかは「鶏と卵」の関係であり、真の原因は定かではありません。「土曜」とは土属性の魔力が増幅する現象を指し、魔族は土属性に属するため、魔王の復活が近づくと土属性の力が強まるのです》
(今は、その「蝕」なのか?)
《各地で蝕の徴候が現れていると言われていますが、あくまで噂の域を出ません。現在、いかなる監視機構からも「蝕警報」は発令されておりません》
(……よし、そのクエストを受けよう)
翔は即決し、受付嬢に告げた。
「そのクエストを受ける。手続きを頼む」
「承知いたしました。ご武運をお祈りします」
翔が受付を離れ、アメリアとメロの待つラウンジへ向かおうと振り返った時――目と鼻の先に、昨日サロンで会ったEランクパーティー『矢羽』のリーダー、グアリテーロ・デ・ミータの顔があった。
あまりの近さに、翔はのけ反って驚いた。
(こいつ、どこにでも現れるな……)
グアリテーロは、イケメン特有のキラキラした笑みを浮かべて立っている。
「ルーキー君。君には驚かされるばかりだね」
グアリテーロの方も、何かに驚いたらしい。大げさな仕草を見せるが、その視線は翔の手元に注がれていた。
「君はあの伝説のイングベルト・ザイフリートと知己なのかい? その武器、もしや噂に聞く『神の手』じゃないか。奇跡の合金、ミスリルとアダマンタイトの武器……実物を拝めるとはね」
翔は、彼の神出鬼没ぶりに呆れ果てた。
「あんた、俺に何の用があって付きまとってるんだ?」
翔が鬱陶しそうに尋ねると、彼は饒舌に語りだす。
「すまない、伝説の冒険者の名前が聞こえたものでね。イングベルト・ザイフリート……ドワーフの英雄だよ。第八番目の蝕で魔王討伐を成し遂げたパーティーの一員。付与魔法師と戦斧師のダブル。ミスリルとアダマンタイトの戦斧を縦横無尽に振るったと言われているが、その形状が斧とは思えない『神の手』だという描写は、長く物議を醸していたんだ。なるほど、本当に六角棒だったんだね。全盛期の彼は、信じ難いことに生きる天災、巨竜種を単独で屠ったんだよ」
淀みのない解説に、翔は思わず突っ込みを入れた。
「よく喋る男だな。ネットの文章を棒読みしてるみたいだぞ」
一瞬、グアリテーロの言葉が途切れた。彼は苦笑いを見せると、ふと翔の耳元に顔を寄せ、小声で囁いた。
「翔くん。君は驚くべき慧眼の持ち主だね。確かに僕は世界樹ネットの閲覧権を持っているよ。……君のような初心者からネットの話題が出るとは、本当に驚かされるね」
グアリテーロはそこで大げさに肩をすくめて見せた。
「グアリテーロ様、そろそろ行きましょう」
サロンの方から『矢羽』のメンバーである若い女性が彼を呼んだ。元気よく手を振っている。
「アンジェリーナたん、ごめんね。すぐに行くよ」
グアリテーロはだらしない猫なで声で返事をすると、再び翔に向き直った。
「それでは翔くん、また会おう。ユニオーガごときにやられるんじゃないぞ」
彼もまた、受付の会話から「一角岩鬼」の存在を予見していたようだ。さすがは世界樹ネットの会員といったところか。
翔は彼を無視して、アメリアとメロの方へ歩み寄った。
「翔、あのキザな奴とお友達なの?」
メロの辛辣な評価に苦笑しながら、翔は答える。
「あいつのことは良く分からん。それより、クエストを受けてきたぞ」
翔がクエストの内容を説明すると、アメリアが意気揚々と剣の柄を握った。
「一角岩鬼の討伐か」
彼女は一刻も早く実戦で剣を振るいたくて仕方がないようだ。
「お前、剣フェチか?」
「フェチ、とは?」
「スプラッター(血まみれ)好きか?」
言葉が通じないのをいいことに、翔はからかうような言葉を選んだ。
「人を吸血鬼のように言うな」
アメリアが揶揄を察して切り返してくる。
(アリス、前から聞こうと思ってたんだが、俺の言葉はなぜ通じてるんだ? 時々通じない単語もあるみたいだが)
《魔法による言語変換が介在しています。翻訳困難な概念や単語については、音をそのまま伝達する仕様です》
アリスは簡潔に答えた。この世界において言語の壁はさほど高くないらしい。
翔はクエストへ出発する前に、イングベルトから託された合金の特性を確認することにした。
「アメリア、ギルドの練習場を借りて模擬戦をしないか? お前もその剣の特性を把握しておいた方がいいだろう」
翔の提案に、アメリアの表情がぱっと明るくなった。
翔は、アメリアの剣に施した付与魔法を参考に、このミスリルとアダマンタイトの棒にどのような付与を施すべきか思考を巡らせた。
(自分に致命傷を与える物体をレーダーのように捉え、自動的に迎撃・防御するように設定するか。多方向からの攻撃には、盾のように広がったり形状を変化させたりして……)
その機能を付加するために、創造魔法を三度、付与魔法を三度重ねて発動させた。
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ギルドの練習場は、二十メートル四方ほどのブースに区切られていた。各ブースは分厚い多層ガラスで仕切られ、それぞれに強力な防御系付与魔法が施されている。
想像以上に進んだ設備に、翔は驚きを隠せなかった。これなら、かなりの威力の攻撃を放っても安全が保たれるだろう。その構造自体、翔には非常に参考になった。
さっそく空いているブースに入ると、メロも一緒に入ると言って聞かなかった。
好きにさせることにしたが、念のため、メロには強力な精霊を召喚させて自身の身を守るよう命じる。
魔法に関することであれば、メロは至って素直に指示に従うのだった。
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