011ー4 ドワーフの爺さんは英雄だった
翔はいつもの道具屋にやって来ていた。
「親父、教えてほしいことがあるんだが」
「おう。お前には奴隷娘のことで世話になったからな。何でも聞いてくれ」
道具屋の親父は愛想よく言った。
「俺はこう見えても付与魔法が使えるんだが、我流ではたかが知れている。良い師匠につきたいんだが、親父に聞けば付与魔法のマスターに会わせてくれるかと思ってな」
「おお、付与魔法の師匠に? それならドワーフの付与魔法工房があるからそこに行きな。紹介状を書いてやる」
「親父、すまんな」
「なーに。兄ちゃんには俺の叔父貴もぞっこんだよ。肝の据わった兄ちゃんだとな。いずれ名を馳せる冒険者になるだろうって言ってたぜ」
☆☆☆
翔は、道具屋が紹介してくれた付与魔法工房に赴いていた。
そこは『ニダベル工房』という名前の工房で、ドワーフを中心に優れた付与魔法製品を作っているという。道具屋の親父によると、それなりに名の知れ渡った工房らしい。
工房の入り口に立つと、金床を叩く金属音が耳を突いてきた。
いかにも鍛冶屋という風情の外観だ。中からは、もうもうと熱気が湧き出している。
「誰かいないか?」
これだけ音が響いているのだから、誰かいるに決まっている。
「何だ?」
奥からずんぐりした影が出てきた。
『アイム・シューデン。二十九歳。鍛冶見習い』
(おお、ドワーフだ)
翔は初めて見るドワーフに興味津々だ。
「ここはニダベルだな。道具屋の親父に教わってきた。付与魔法の使える職人と話させてくれんか?」
翔が頼むと、ドワーフは難しい顔をして尋ね返した。
「付与魔法の先生に? 何の用だ?」
「忙しいところ迷惑をかける。俺は冒険者のショー・マンダリンだ。どうやら自分に付与魔法の適性があるらしいんだが、使い方が分からない。そこで少しでも心得のある人に教えを乞いたいと思ってやって来たんだ」
翔が説明すると、ドワーフは怪訝な表情を浮かべた。
「お前さんが付与魔法を?」
ドワーフは翔の姿をまじまじと見る。
「土の恩恵も無さそうな平凡な兄さんなのになぁ。まぁ、付与魔法師を目指すと言うなら、我らニダベリールの住人は無下にはできん」
ドワーフは、一転してニコニコしながら言った。
「いやいや、俺は創造師だ。付与魔法も使えるってだけだよ」
翔は一応訂正しておいた。
「芸術家さんかい。まぁ、それでも土の恩恵を受ける者は我らドワーフの仲間さ」
そのドワーフは嬉しそうに言った。
(アリス。ドワーフの基礎知識を教えてくれ)
《はい、翔様。ドワーフはユグドラシルの根の世界、ニダベリールの住人です。彼らは地中に巨大な洞窟を掘って暮らしています。ニダベリールにはドワーフの他、ノームやドヴェルグなどの種族が住んでいます。ドワーフは見ての通り、短躯でずん胴、髭を蓄えた力強い種族です。妖精のノームに近いと言われ、亜人間と妖精の中間的な種族とも称されます。外見から知能が低いと誤解して軽く扱う者もいますが、実際は非常に知能が高く器用な種族です。決して侮ってはいけません》
(誰が理由もなく侮るかよ)
翔の回答こそが彼の人となりを現していた。理由もなく侮ることも、理由もなく敬うこともしない。とはいえ基本的には上目線なのは、自分を天才だと信じているからだ。
翔はドワーフに導かれ、建物の中へと入った。
「兄ちゃんは、付与魔法の使い方が知りたいんだな」
「ああ、ここに付与魔法師がいるなら話をしたい」
「あいにく今日は『金鍛』の日で、付与魔法師はいねぇな」
ドワーフが申し訳なさそうに言った。
「きんたん?」
聞き慣れない言葉に翔は聞き返した。
「ああ。金属を槌で打って不純物を追い出す作業のことだ。鍛冶の中でも最も重要で、一番きつい工程さ。だが、道具や武具ってやつは鍛冶師の仕事だけじゃ完成しねぇ。飾り職人や付与魔法師など、いろんな工程を経なきゃならんのだ。
そういうわけで今日は金属鍛錬の日だから、その職人しかいないのさ。付与魔法師の先生が来られるのは月二回ぐらいの周期だな。今度の出勤は来月の七日だ」
「そうかい。あと十日もあるな。よかったら、その付与魔法師の住所なり、会える場所なりを教えてくれないか?」
「ああ……付与魔法師の先生たちの連絡先は、ワシは知らんなぁ」
ドワーフが困った顔をしたその時、翔は道具屋に紹介状を書いてもらったことを思い出した。
「ああ、これを」
紹介状を渡すと、ドワーフは中身にさっと目を通し、納得したように頷いた。
「おお。ちょっと待ってな」
ドワーフはニッコリ笑うと奥へと消えた。
どうやら道具屋の紹介状は効力を発揮したようだ。なんだかゲームのイベント発生アイテムみたいだと翔は思った。
待っている間、翔は入り口付近を見回した。工房の中は見えないが、金属を鍛錬する音が喧しい。熱せられた金属を大きな金槌で打っている姿が容易に想像できた。
玄関は十畳ほどの広さの土間になっていた。その先には高さ五十センチほどの板床があり、上がりやすいように三和土の足場が設けられている。
先ほどのドワーフの身長は百二十センチほどで、翔の胸あたりまでしかない。あの段差を移動するのは大変かと思ったが、彼は軽快な足取りで上がっていった。
ドワーフという種族は、見た目よりもずっと俊敏なのだろう。
玄関には装飾もなく質素な造りだったが、すぐに先ほどのドワーフが戻ってきた。
「兄さん、入りなされ」
翔は促されるまま土間で靴を脱ぎ、板間に上がった。
床板は思いのほか頑丈で、翔が乗っても軋みひとつしない。そのままドワーフに付いて、奥へと続く廊下を進んだ。
廊下を歩きながら周囲を眺めると、小さなドワーフの住居にしては意外なほど天井が高い。
「意外に天井が高いんだな」
翔が感じたことを口にすると、ドワーフはこう答えた。
「ああ。ここに来るのは我々だけじゃないからな。それに、ニダベリールの大洞窟はもっと巨大なんだ。小さな住居では我らは息が詰まりそうになるのさ」
その説明を聞いて、小さな体のくせにと翔は少し可笑しくなった。
コの字型の廊下の突き当たりにあるドアを開けると、そこは二十畳ほどの広さの部屋だった。翔の体格にも合う立派な応接セットが置かれている。
「兄さん、そちらに座って待ってな。工房の親方が会ってくれるそうだ」
親方はすぐにやってきた。ドワーフの顔は皆同じように見えて見分けがつきにくいが、その人物からは明らかな威厳が感じられた。
『リュディガー・ザイフリート。89歳。親方。レベル40』
(凄いレベルだ)
相手の鑑定結果を見て翔は驚いた。
《戦闘職でもないのにこのレベルは異常です》
アリスの声が脳内に響く。
「お前さんがショーさんか。冒険者のルーキーさんなんだって?」
親方は紹介状を読んだようで、そう問いかけてきた。
相手はかなりの地位とレベルの持ち主だ。翔は努めて丁寧に話そうと試みた。
「ショー・マンダリンです。お忙しいところ申し訳ない。紹介状にもあったかもしれないが、俺は復活して間もないんだ。ただ、復活前の記憶が飛んでいてな。レベルは下がっているし、自分の能力もまともに使えない状況なんだ。地道に慣れていくしかないんだが、何かヒントでも得られればと思ってね」
翔が説明した。それは尊大で不遜な欠陥品である彼なりの、精一杯の敬語だった。
「何と。そんなに酷い復活障害は初めて聞くな。気の毒なことだ。ショーさんは付与魔法が使えて、創造師なんて珍しい職業なんだそうだね」
「どちらも珍しすぎて、うまく能力を制御できないんですよ」
「だろうな。ニダベリールでも創造師なんて職業は初耳だからね。付与魔法にしても貴重な能力だ。使い手が少ないからな。MPポーションで回復しながら無理やり付与魔法を掛けている姿は、見ていて気の毒になるほどだよ」
「MPポーションで回復? ポーション自体、相当高価でしょうに」
「そうだ。付与魔法のかかった道具や武具が目玉の飛び出るほど高いのは、付与魔法師の数が少ないことが一番の要因だよ。それで現役の付与魔法師に無理をさせるから、皆そこそこで引退しちまう。余計に人数が減る。イタチごっこさ」
親方は困ったように両手を上げて見せた。
「そんなに忙しいなら、話を聞くのは難しいかな」
翔が不安げに尋ねると、親方は言葉を濁した。
「そこなんだよ。今、付与魔法師は西隣の町からさらに先の町へ出張中さ。あいつらは本当に忙しくて、同じ場所にじっとしていられなくてね。だが、引退した付与魔法師なら、知り合いがこの町にいるにはいるんだが……」
翔は、人の良さそうな親方が渋るような相手なら、ろくな奴ではないだろうと察して身を引こうとした。
「親方、そいつぁ済まなかったな。タイミングが悪かったようだ」
「お兄さん、気が早いね。確かにその付与魔法師は頑固ジジイだが、悪い奴じゃない。何より、付与魔法の腕に関しては伝説的なほど凄い爺さんだ。話を聞いて損はないぞ」
親方が笑いながら勧める。翔は、偏屈そうではあるが会う価値はあると判断し、素直に従うことにした。
「親方、どこに行けばその爺さんに会えるんだ?」
「ああ、待ってな。俺の親父だから、今すぐ連れてきてやるよ」
☆☆☆
親方が連れてきたのは、まるでミイラのように小さく萎びた一人の老人だった。
「親方、この爺さんかい?」
「誰がジジイだ」
驚いたことに、その枯れ木のような体から出ているとは思えないほどの張りのある声が響いた。
《翔様》
アリスが珍しく割って入ってきた。
《この老人はイングベルト・ザイフリート。第八土曜の蝕にて、魔王ゲズナーを退治した伝説的な英雄である可能性があります》
『イングベルト・ザイフリート。二百九十八歳。付与魔法師。レベル99以上』
確かにレベルは測定不能のようだ。しかし、それ以上に翔を驚かせたのは、目の前のドワーフの年齢だった。
(二百九十八歳だって? レベルも振り切れてる……。だがこの爺さん、さっきのレリエルのような威圧感がゼロの、ただの干からびた老人にしか見えんぞ)
《実際のレベルは私にも不明です。この方が本気で威圧すれば、ここにいる者たちは気を失うだけでは済みません》
(そうかい。威圧ってのは技の一種か?)
《翔様の世界にはそのような現象はありませんか? ユグドラシルでは高レベルの者は自然と威圧感を身に付けるものです》
アリスと会話している微妙な空気を察知したのか、イングベルトが翔をギロリと睨みつけた。
「少年、お前は少々変な感じの奴じゃな」
老人の声が雷鳴のように響く。喋るたびに恐ろしい気迫が漏れ出しているようだった。
工房の親方はレベル40もあるせいか平然としているが、翔はそれだけで気分が悪くなってきた。
「イングベルトさん、悪いがちょっと防御壁を張らせてもらうよ。あんたの威圧にやられそうだ」
翔はそう言うと、魔法障壁を構築した。
「ほう。見たことのない魔法を使う奴じゃ。それほどの魔法を使いながらレベル4とは、ほんに怪しい奴じゃな」
そう言いながら、爺さんの体からさらに威圧感が溢れ出し始めた。
「と、父さん、勘弁してくれ!」
親方が辟易したように声を上げた。
「ワシは敵わんから席を外すぞ。これはウチの親父だ。頑固ジジイだが、あんたなら大丈夫そうだ。後は頼むな」
親方は爺さんの威圧感から逃げるように、さっさと部屋を出て行ってしまった。
翔は爺さんが威圧を高めるに従って障壁を強化していくが、そろそろ限界だ。MPの消費も馬鹿にならない。
「イングベルトさん、勘弁してくれ」
翔は両手を上げて降参の意を示した。
「信じられないだろうが、俺のレベルは天使に下げられちまったんだ。レベル4はその影響さ。俺は異世界から転生させられてきた」
翔がそこまで言うと、威圧感がスーッと収まった。
「事情を話してみろ」
イングベルトが促すと、翔はこれまでの経緯を説明した。
「権天使のレリエルか。夜の天使、あるいは転生天使じゃな」
イングベルトは意外なほど博識だった。三百年近くも生きてきた怪物だけはある。
「随分と大物に睨まれたものじゃな、少年」
「あんな馬鹿天使が大物とは思えないね。神器が少しばかり厄介だがな」
「面白い少年じゃ。天使が神器を持てばそれこそ無敵じゃろうに。そんなのを相手にどうするというのだ?」
翔はいつのまにか普段の不遜な口調に戻っていた。
「俺にはあいつが無敵とはどうしても思えないんだが、今の俺では全く敵わないのも事実だ。どちらにせよ復讐なんて馬鹿馬鹿しいと思っている。俺は転生してきたこの世界を楽しみたいだけだ。鬱陶しい天使は、追い払えるなら有難いがね」
それが翔の本心だった。
「レリエルのことはともかく、ワシにどうしろというのじゃ?」
「付与魔法も創造魔法も、俺の世界には存在しない魔法なんだ。だから使い方の初歩を教えてもらおうと思って来たのさ」
「初歩程度でいいならすぐに教えてやろう」
イングベルトは気安く応じた。
「付与魔法には二つの制約がある。一つは素材だ。素材には相性があって、付与できたりできなかったりする。付与できる素材は大抵高価だ。もう一つの制約は術者の属性ステータスじゃ。ステータスが低いと、強い魔法は付与できん」
「素材との相性はどうやって知ればいいんだ?」
「やってみれば分かる」
イングベルトは笑って答えた。
「失敗したらどうなる?」
「その素材は『洗い』に出さないと、再び付与ができなくなる」
「洗い?」
「そうだ。洗い師という職業があるのさ」
「ということは、付与魔法には同じ素材に二度はかけられないという制約があるんだな」
「そう言えばそれも制約かもしれんな。当たり前すぎて意識していなかった。それに素材によっては、いくつも付与を重ねることが可能なものも存在する。もっとも、そんな素材は途方もなく高価じゃがな。付与魔法の掛け方についても知りたいか?」
「ああ、お願いする」
「付与魔法はまず『条件』を設定する。条件は何でもよい。条件無しという条件でもよい。その条件が満たされた時に生じる効果や現象をイメージし、範囲を作るような感じで魔法を貼り付ける。その範囲以外に現象が干渉しないよう、蓋をするイメージで魔法をかけるのがコツじゃ」
イングベルトはさらりと説明した。
《翔様。非常に貴重な情報を得ることができました》
アリスが告げる。
(そうだな)
「一方、創造師については、物理法則をオーバーライドさせる感覚で魔法をかけると古い書物で読んだことがある。物理法則は世界で統一されているものだが、創造師は無理やり上書きして好きなように法則を変えることができるというが……。物を創り出す能力ではない、というのがミソだな。ワシもそれ以上は説明できん。創造師なら洗い師なしで法則の上書きが可能なのかもしれん」
《翔様。この話を聞けただけでも幸運でした。これらの情報は世界樹ネットにも存在しません。付与魔法の神髄と言えるでしょう》
アリスが何度も口を挟むほど興奮している。それだけイングベルトの話が斬新だったのだろう。
「俺は、たぶん何にでも付与がかけられるし、それを何回でも繰り返せるような気がするんだが」
翔は感じたままを口にし、以前試した創造魔法の結果についても説明した。
「お前さんの創造師の能力から推測するに、創造師は物理法則を上書きできるが常にMPを消費する。付与師は上書きはできんがMPを維持には使わん。二つの能力を組み合わせれば、互いの長所で補い合える可能性があるな」
イングベルトはそう言って笑った。
「本来、あらゆる魔法は一つの奇跡の能力だ。工夫や鍛錬次第で、どのようなことも可能になるのかもしれん。ワシの初歩講義も適当に聞き流して、自分なりに工夫してみるのじゃな」




