011ー3 天使の悪ふざけ
翔は二人と別れると、馴染みの道具屋に向かった。魔法の道具や武具を作る工房なら付与魔術師の情報を持っているはずだし、その道具を扱う道具屋なら工房と取引があるだろうと予測したからだ。
翔は、アリスに復活都市の地図を脳内に投影してもらいつつ、近道のために路地裏へ入った。運悪く路地裏には人影がなく、翔が足を踏み入れると、前後から物音が消えた。
「「「バム!!!」」」
何かが爆発するような音が響き渡る。
《翔様、緊急事態です。レリエル様が下天されるようです。レリエル様のことは全く知らないフリをしてください。もし記憶が残っていると知られれば、命の危険があります》
頭の中でアリスの鋭い警告が鳴り響いた。
《翔様の能力値は、たとえ天使であるレリエル様でも初見ですべてが見えるわけではありません。しかし、本気で見ようとすればすべてを暴かれてしまいます。今の状態を知られるのは非常に危険です。魔術は絶対に使わないでください》
翔が答える暇もなかった。突如として、なんの前触れもなく天使レリエルが目の前に現れた。
翔は、もし急にレリエルが現れたらどのようなリアクションを取るべきか、常にシミュレーションしていた。
彼女との再会を頭の中で何百回もトレースし、実地訓練も重ねてきた。わざとらしく見えないよう、日常的に驚く人々の姿を観察して真似、メロやアメリアの忠告を受けながら演技指導までしてもらっていたのだ。
その成果を活かすのは、今この瞬間をおいて他にない。
もし少しでも綻びを見せれば、本当にもう一度殺され、転生をやり直すことになるだろう。
「な、何だ!?」
翔はひどく驚いたふりをして叫んだ。実際、唐突な出現には心底驚いていたので、その態度は不自然ではなかった。
「こんにちは。あんた、本当に普通の男の子になっちゃったのね」
天使レリエルがニヤリと笑いながら言った。彼女は恐ろしいほどに美しかった。四枚の純白の羽が、背後で大きく広げられている。
「て、天使……?」
翔は驚愕したふりを続け、その場に尻餅をついてみせた。目を大きく見開き、顔を引きつらせる。
しかし、その態度は演技ばかりとも言えなかった。自分が取るに足りない弱小の身となったため、天使が放つ凄まじい力の波動に当てられ、全身が震えて本当に立っていられないのだ。心底、その威圧感が恐ろしかった。
レリエルはそんな翔の姿を眺め、嘲笑を交えて声を上げた。
「あんたのその惨めな姿を眺めるのは、なかなか良い見ものね。……あなたの名前は?」
「シ、ショー・マンダリンです、天使様。お、お告げでしょうか? それとも、死の宣告なのでしょうか……?」
翔の声は、演技をするまでもなく恐怖で震えていた。
「ダメよ。あなたが死んじゃったら、前のスペックに戻っちゃうじゃない」
「天使様……そのお言葉は、どのような意味でございましょうか?」
「ふふふふ。今の言葉は気にしなくていいわ。私はレリエル。貴方、復活前のことは覚えているの?」
「ほとんど覚えていません。思い出そうとすると頭に白いモヤがかかったような変な気分になり、吐き気がして……」
「なるほど、吐き気ね。貴方、レベル4なのね。ふふふ、本当に惨憺たるものだわ。貴方は私に失礼な言葉を吐いた。その因果でこんな無様な復活を遂げたのよ。思い知りなさい」
レリエルが冷たい声音で言い放つ。
「そ、それは申し訳ありませんでした……!」
翔は土下座して顔を伏せた。レリエルの執拗なまでの執念深さにおぞましさを感じ、顔をしかめてしまうのを隠すためだ。
レリエルは残酷な笑みを浮かべた。
「許すわけないじゃない」
その時、レリエルの美しい顔が歪んだ。それは明確な憎悪の相だった。直後、彼女から凄まじい電撃が放たれる。
翔の全身に激痛が走った。
「ぎゃあああああ!!!」
翔は絶叫した。
「あははははは!」
レリエルが哄笑する。
悪魔のような笑みを浮かべ、苦痛に悶える翔の姿を愉快そうに眺めていた。
(この女……許さん……!)
翔が怒りを覚えたその時だった。
《翔様、ご辛抱を。今、私の本体である『転生車輪』が、『このような電撃は場合によっては記憶を蘇らせる効果があるから放つな』とレリエル様に忠告しています。間もなく止むはずです》
アリスの言葉通り、電撃はすぐに止まった。
《翔様、気絶したフリをなさいませ》
「殺したら元も子もないから、今日のところはこれくらいにしてあげるわ。また可愛がりに来てあげる」
そう言い捨てると、レリエルはかき消えるように去った。
(……行ったか?)
《はい。転生車輪の本体から、転生の間へ戻ったとの連絡がありました》
「ふう……」
翔は大きなため息を吐き出した。
「殺されるかと思ったぞ……」
《翔様、よくご辛抱されました。それにしても、レリエル様の執念深さは尋常ではありませんね》
(レリエルは、俺が一人になるのを狙っていたんだな。気づかなかったが、メロがレリエル除けになっていたとは。もう離せないな……)
酷い目に遭ったものだと、翔は改めてレリエルの恐ろしさを思い知った。
今の自分とはあまりにレベルが違いすぎて、まともに顔を見ることさえできないほどの恐怖を感じる。
(アリス。レリエルのレベルはどれほどなんだ?)
《私のような道具では天使のレベルを正確には測れませんが、推定でレベル80から90ほどでしょうか。転生車輪を携えたレリエル様は、さらに強力です》
(先は長そうだな。やれやれだ。あのバカ天使に、今後何度いじめられるかと考えただけで腹が立つ)
翔の心の中に、レリエルに対する消しがたい怒りが芽生えていた。
《あの天使は本当に愚かです。加減というものを知らないのでしょう。翔様の寛大な御心で放っておいてくださるかもしれないものを。降りかかる火の粉は払わねばなりませんね》
(お前、俺より怒ってないか?)
翔は思わず苦笑した。
とんだ招かざる客のせいで、散々な目に遭ってしまった。次に会う時には、あの程度の電撃など平気でいられるようになりたいものだ。だが、度々現れられては身が持たない。
もし自分のレベルが少し上がったとしたら、あの性格だ、何をしてくるか分かったものではない。
翔は回復薬を飲んで一息ついた。
(あの天使もよほど暇なのか。どうしてここまで俺に固執する?)
《いい男に振られたのが、よほど腹立たしかったのでしょう。翔様のことが気になって仕方がないようです。今後も要注意です。本来、天使が人族に関わるには神の命が必要です。彼女も自由にミッドガルドへ降臨できるわけではないはず。そう頻繁には現れないでしょう》
(面倒な奴だ。さっさとレベルを上げて、綺麗さっぱり殺っちまわないとどうしようもないか)
翔は、その物騒な決意を本気で固めていた。




