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嫌な描写があります。


「かはっ!」


一気に息を吸い込み吐き出す。まるで水面にやっと上がってきたように唐突に体に空気が入ってきたあの感覚のせいでむせこんだ。

体を横に倒すと頬に当たる堅い感触、冷たいひんやりとしたそれはザリザリしててとても不愉快だ。


ここどこだろう。


これを考えるのはもうこの世界に来て何回目だろうか。

いい加減そんな状況にも対応しつつある自分が怖い、いやに冷静な頭で目を開くとうすぼんやりとした光りとそれを遮る数本の柱、ストライプ模様の影を落とすそれは金属でできた鉄格子だった。

まだぐらつく頭を抑えながら地面に手をついて身を起こす。


「お姉ちゃん大丈夫?」

「え?あ、うん大丈夫」


話しかけてきたのは誰か、後ろから声がして振り返ると、そこには幼い少女が三角座りをしてこちらを見ていた。

伸びきった髪に痩せこけた細腕が痛ましい。ボロボロのローブを着ているその子は、あの時路地で私のことを指差していた子だった。


「貴方・・・」

「リュッテ」

「リュッテ・・・ちゃん?」

「そう」


私が彼女の名を呼ぶと嬉しそうに目を細めた。

それは純粋に名前を呼ばれて嬉しいという感情で、私は余計わからなくなる。

何でこんな子が私に危害を加えたのだろう。


―― 目を覚ましてもあの子たちを叱らないであげて


シンフォニアが残した言葉が頭の中でリフレインする。

そして同時にレイレが教えてくれた事柄も、頭の中でぐるぐる回った。

利用される愛の子達、情が深いから利用される子達、この子もそうなのだろうか。


「・・・ん?あれ、今私なーんか聞き逃したような・・・あれ、おねえ・・・ちゃん?」


あれ、そういえばこの子今さっき私の事「お姉ちゃん」って言った?


「お姉ちゃんはお姉ちゃんだよ?だってね、お姉ちゃんはおっぱいがある人のことだよね?」


リュッテの小さな両手が胸の前でボイーンと円を描いた。


「うん、それはまさしくお姉ちゃん・・・あれ」


言われて目を下にやった。

服装は変わらず青色のベストとブラウス、けれど今はそこには盛り上がりができていてちょっときつい。


これって・・・これってっ!!


下を向いていると肩からさらりと何かが落ちてきた。


「っ髪!黒い!」

「うん、黒い」

「長い!」

「長いね。いいなぁ」

「私・・・戻ってる・・・?」

「おひさまが沈んだ時からそうだったよ」

「え、そうなの?」


そういえばこの子にあったのは丁度夕暮れどき、日が沈む寸前で、この子が私を指差している間に日が沈んだんだ。

でもその次の瞬間には酸欠状態になっていて、自分の姿なんて確認する余裕なかった。

けれど今の私はおそらく10年以上見慣れた黒い髪の女に変わっていることだろう。

何でだろう・・・って今はそんなこときにしてる場合じゃない!


「ねえ、リュッテちゃん、ここってどこだかわかる?」

「ここはわたしのおうち」

「お・・・おうち?」


どう見ても牢獄にしか思えないそこには簡易のベッドと子供では到底手が届かない位置に明り取りの格子窓がついているだけ、どう見ても5歳そこらの女の子が住んでいる部屋というにはおかしい。

そして私は何故この子の“おうち”の中に入ってるんだろう。


「おうちって、ここが?」

「そう、そうしさまがくれたおうち」


そうし、総司ってあの眼鏡の怪しい人か、ということは完璧に私ロギサスに誘拐されましたねー!

ど、どどどうしよう!?早くここから逃げないと!


「リュッテちゃんはその総司様に言われて私に、そのなんだ・・・私の周りの酸素濃度をさげたの?」


もうその力のことを何て言うのかわからないからありのままに表すしかないんだけど。

するとやっぱりリュッテは意味がわからないようで小首をかしげられた。

そうだよね、小さい子に酸素濃度うんぬんなんて話したってわかるわけないよね。たぶんこの子も言われてやったらできちゃったみたいな感覚なんだろうし。

すると通路側の向こうからコツ、コツという靴音が聞こえ、誰かが鉄格子の向こうに現れた。


「そうしさまー」


嬉しそうに格子に駆け寄るリュッテ、昨日と同じようにそこにいた彼は、うさんくさい笑みを浮かべながら格子越しにリュッテのボサボサの髪を撫でた。


「いい子でしたねリュッテ、貴方のお母様もお喜びなっていましたよ」

「ほんと!?お母さんも喜んでた!?」

「ええ、リュッテがもっといい子ならもしかしたら会いに来てくれるかもしれません」

「うんうん!もっといい子にする!そうしさまの言うこと聞くね!」

「いい子ですよ、リュッテ」


何だろう、この怖気のする会話・・・。

嫌なものが次々に体当たりしてくるみたいな感覚。

そして総司は視線をこちらに向けた。


「昨日はお世話になりましたね。まあ、随分とお変わりになられたようで」

「さあ、何のことでしょう?私にはさっぱりわかりませんけど」

「ふふっ変わる様子を見ていた私にそれは通用しませんよ」


チッ

姿も違うから人違いで通せるかと思ったのに。っていうかやっぱりあの場にいたのかこの人。


「何で私を攫ったんです?私はただの倉庫番なので身代金なんて用意してもらえないと思いますが」

「ええ。そんなもの必要がないので、私はただ貴方に興味があるだけですよ。さて」


総司が懐から出した鍵で牢屋の鍵を開け、扉をひらいた。


「出てください」

「・・・」


ここにいても出てもダメなような気がするけど、言うこと聞かないといけないんだろうな。

仕方なく私は低い牢屋の扉を出た。

すると総司は開けた扉を閉めもせずに石の廊下の元来た方へと歩き出す。

一瞬「あれ、鍵は!?」と言いそうになったけれどリュッテが自分で扉をカシャンと閉めてその中から手を振っているのを見てゾッとした。


ここから出るっていう選択肢が、この子にはないんだ・・・。


言ってしまえば純粋無垢、疑うことを知らず、考えもしない、言われればそう従ってしまう。

彼女には母がいるという、ならその母親は一体どこにいるの?父親は?

母親は生きていると思う、さっき言ってたから・・・でもそれは本当なの?もしかしてもう死んでいるのにこいつが騙しているのではないの?

湧き上がってくる疑問質問を言いたいけれど、腹の中に渦巻かせたままいくつか空の牢屋を通り過ぎ上へと上がる階段を登った。

そして真っ暗な空間で総司が何かを取り出し壁へと近づけると、そこから点々と明かりがついていく。

それは私の部屋にもある燭台と同じような光り、うすぼんやりしているけれど足元を見る程度には十分な明かりだ。

そのまま総司に導かれるまま、廊下を左手へ、大きな広間を通り過ぎ大きな螺旋階段を上り、さらに渡り廊下、そして別棟へと行くとそこは巨大な吹き抜けの空間になっていた。

丁度三階ぐらいに値する高さで手すりの付けられた石の階段が側面ぐるりと囲んでゆるやかに下へと向かっている。

高いところがちょっと苦手なのでできるだけ壁際に寄って下を見ないようにしてそこを降りていく。

最後の一段を降りきるとただ広い空間になっていて、そのちょうど中央に何か大きな物が一段高い台座の上にあるのが見えた。


「な・・・にこれ・・・」


小さくつぶやいた声がひゅうひゅうという吐息とともに流れ出る。

見上げた私の目に写りこんだのは、見たこともない巨大な装置、丸く黒い球体に奇怪な紋様が描かれ、そこからまるで仏の後光のような円形の金属板が出ている。

その板にはいくつも色とりどりの宝石が付けられていたけれど、そんなのはどうだっていい話だ。

この装置が背筋を凍らせるほどおぞましいのは、その中央に女性が半分だけ生えているという事実。

奇妙なまでに真っ白な肢体に黒の球体から伸びるチューブが何本も無理矢理ねじ込まれていて、それは耳の中にまで至っている。頭は装置が取り付けられ目元まで覆い引っ張られているのか上を向かされ、開口具が嵌められて何かをずっと叫んでいるようだ。

痛ましい、とか、おぞましい、とか、そんな言葉を超えてる・・・。

これが一体何の装置なのか聞きたくもないし、それ以上の嫌な予感が頭を巡って離れない。


「ふむ・・・無反応のようですね。何かしら反応があるかと思えば」

「・・・」


気持ちが悪い、見たくない、こんなものっ何で


「あんた・・・こんなもの私に見せて何しようとしてたの」

「貴方は余程精霊に愛されているようでしたので、この子も何かしらいい反応があるかと思ったのですが・・・的外れですかねえ?ああ、それともお願いをしないといけないのでしょうか」

「おねがい・・・?」

「そうですね。目を覚ませ、とでも言ってみてくれますか?」


目を覚ませ、っていうことはこれ今寝てる状態?

目を覚まさせて何しようとしてるの。

どちらにしても絶対いい事じゃない気がする。だめだ、聞いちゃいけない、こいつの言葉だけは、言うことだけは聞いちゃいけない!


「嫌だ」

「そうですか。じゃあ、どうしましょう?言うことを聞いてもらわないと実験のしようがないのですが・・・ふむ、痛みで言うことを聞いてみます?」


ドSかっ!!けどこちとら日頃から虐げなれてんだ!そうそうなことで根を上げないようだ!!


「や、やるといいですよ!こちとら騎士団でなれてますかねえ!?どんときやがれですよ!!」

「いや、そこまで許容されても・・・ふむ、なら逆を試してみるのもいいかもしれません」


逆?逆ってなんだ。えっと、私がこいつを虐げるの?いやいや、無理無理!!いくらこいつがちょーっと顔整ってるからって、私Sじゃないし!


だけどどうやら私とこいつが考えていることは全く違っていたようだ。

薄暗い中、わずかな光りが総司の眼鏡に当たって、その奥の寒気がするほど冷たい目が見えた。


「女性は本意でない相手との情交は酷く屈辱なのでしょう?」


・・・・・・・・コイツナニイッタ?

ジョーコー?じょうこう、情交=××××・・・っ!!


頭の中で二転三転した後でとんでもない答えに行き着くのと同時に総司がこちらへゆっくりと、獲物を狙う獣のように近づいてくる。

一歩、進むたびに後ろへ一歩、また一歩と確実に追い詰められていく。

背中にひやりと冷たく堅い感触があると既にそこに逃げ場はなく、薄暗い闇と明り取りの穴から差し込む青白い光りが“あれ”を映し出している。気持ち悪い。


「や・・・だ来るな!!」


足元から冷えていく、ワイバーンを相手にした恐怖じゃないあれは畏怖にも似た感覚、大きなものを前にした恐怖だったけれど、これは違う、体中が叫んでる、逃げろ。逃げろと。なのに足は動かなくてもう下がれないのになお後ろへ下がろうとしている。


「ひっ」


腕が伸びて私の手首を掴んだ。

およそ人間のものとは思えないほど冷たい手が痛い。


「や・・・だ・・・やだ!嫌だ!」


押しのけようとするけど全くかなわなくて、こんな時せめて男の体だったら抵抗できるのに!!

総司の顔が近づいてきた。愉悦の中にわずかな狂気を孕んだ目、病的に白い肌に全体的に神経質な司書を思わせる、整っているのに冷たい。寒い。

こいつに触れられているところから凍ってしまいそうだ。


「や・・・だ!助けてっ!!」


誰に言った言葉でもない、ただ誰かに助けて欲しかった。

脳裏に通り過ぎるのは鮮烈なほどに赤い炎―――



ドォオオオンッ!!



耳をつんざく轟音が鳴り響き、頭にぱらぱらと何かが降ってきた。


「・・・」

「・・・」


総司の顔が引いていく、その視線の先には台座の上に乗せられた“あれ”がある。

ぽっかり開いた口がこちらを確実に向いていた。

しゅうしゅうと蒸気のようなものを吹き上げて、できそこないの木偶人形のようにギギギギとぎこちなく動き首を動かし体を動かし、こちらを完全に向こうとしている。

上と見上げると、私の身長より1mぐらい上にえぐられたようなクレーターができていた。


何、これ。


こんなことを言うのは今日で何回目だ。もうわけがわからない。


「あ・・・っはは・・・はははっ!!」


唐突に総司が大声を上げて笑い出した。

その声があまりにも狂気じみていて、背中から逃げるように横歩きで逃げようとすると、総司はすぐにこちらを向き私の両肩を掴み壁に押し付けた。ちなみに痛いし頭打った!!


「素晴らしい!やはり精霊に愛されし者!!近年希に見ないほどの強い力の持ち主だ!」


見開かれた目が怖い、ギリギリと掴まれた両肩も痛い。

その時、塔の奥から数人の慌ただしい足音が鳴り響いてきた。


「総司!騎士団の人間が外に!」

「やはり今夜来ましたか」


さきほどまでの狂気がスッと消え去り、さっきまでの冷たい司書に戻っていく。

今の感情の高ぶりは一体なんだったのか。


「いいでしょう。せっかく面白い素体も見つかったのですから邪魔されても困ります。移動するまでの時間稼ぎでもしましょうかね。そこの貴方、この方をリュッテの部屋へ」

「はっ」


命じられたのは30代半ばのおじさんで、総司に言われると懐からナイフを取り出してこちらにつきつけてきた。


「歩け」


そんなにしないでも歩くよ!!


ちらり、と“あれ”の方を見ると開口具で開けられた口の中で赤い舌が動いていた。


ああ・・・やっぱり貴方は・・・。






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