暗躍
「ああ。そうだ。シェリもバージュもだし抜かねばならん。今まで舐め腐りおったあいつらを見返すのだ。何百年と待ち望んだ我が国の反撃の時よ。いよいよ明日だ。失敗は許されん」
ここに居合わせた者以外に、わずかに扉から漏れ出るこの声が届くことはない。
この場所を知るのは限られた者のみ
声は静寂に包まれたミドガルディスの暗闇に飲まれていった。
魔法学校でエルダに会ってからもう月の満ち欠けが一周しようとしていた。
デイジーはガーランド達からきた手紙に返事を書いているところだ。
向こうからの手紙には「うまくやっている。心配いらない」と書かれていた。
魔物は来るようだが、砦を強化して撃退していると。
騎士団と上手くやっているかは書かれていなかった。
何か問題が発生したら手紙に書くだろう。便りがないことはいいことだ。と思うことにした。
私は毎日、研究研究研究です
しかし、不穏な動きを見逃す私ではありません。
議会から選定された研究員の方の動きがどこか怪しいのです。
表立って何かをするとかではありませんが、こちらの隙を窺っているような何か監視されているような印象を受けるのです。きっと何か企んでいるのでしょう。
でもご心配なく
もちろん私がいない時も信頼のおける同僚が見ていますので問題ありません。
夜間は施設には私しか解錠方法を知らない魔法で鍵をかけています。
また何かあったらご連絡します
そう手紙に書いて封をする
明日は朝早くから魔法学校で第一期の修了式がある。
そこに出なければならないのでデイジーはそそくさとベッドに潜り込む。
学生達は夏休みだ
夏休みいいなぁと思いながら目を瞑る
--翌日、魔法学校
エルダは久しぶりに見るデイジーの顔が疲れているのをすぐに察知した。
面識のない者なら気づかないかもしれないが、覇気がない。
よほど研究が大変なのか、心配になる
「特別顧問、デイジー・ホワイト」
司会の職員にそう紹介された
あれ?特別顧問だったんですか!?じゃああの執務室はデイジーさん専用の!?
そんなことを思いながら式を見届ける
エルダは途中入学なので第一期を一からずっと過ごしたわけではないが毎日が充実した日々だったと自信をもって言えた。
炎魔法と水魔法は月ごとの定例試験で学年首位を収めた。
試験官と模擬戦を行ったのだが炎、水の試験ともに試験官に1本を取った。
もちろん回復魔法もだ
回復魔法は負傷状態の人間を用意するわけにはいかないので植物を使う。
植物も人間と同じ回復効果を享受できるので枯れた花を復活させたり、成長を促すことができれば高得点だ。
「以上を持ちまして、挨拶とさせていただきます。」
自分なりに第一期を振り返っているとデイジーの挨拶が終わった。
考え事をしていたがちゃんとデイジーの挨拶は聞いていたことをここに弁明しておきたい。
皆でデイジーに拍手を送っている時だった
西の方から強い魔力反応を感じる
振り向くと光の柱が空高く昇っている
比較対象がないのでなんとも言えないが、1キロメル以上はあるだろうか。
みな、魔法に素養がある者達しかいないので全員が一斉に西を向く。
何かが起きている
一様にポカンと口を開ける中、デイジーだけは風魔法を使って全速力で魔力反応がした方角へと駆けていった。
おそらくあの方角は魔法研究の施設だ
--少し時は遡って、魔法研究施設内
「ダメだ。失敗です〜。」
「ええい!もう一回だ!抽出しろ!お前が出来るって言ったんだろ!」
「あくまで仮定を言っただけですよ〜。衝撃を加えたらいいかもしれません。って これはまだ一回も試してなかったですから〜」
黒ずくめのずんぐりむっくりな男とヒョロヒョロで小柄な男が鉱石に向かって色々な魔法で衝撃を加え続ける。
「いいから!抽出しろ!国家の大事な分岐点なんだ!あの小娘に任せていてはいつまで経っても成功せん!!!」
男達の近くには手足と口を魔法で編み込まれたロープで縛られたデイジーの同僚が転がっている。
血を流しているものもいる
黒ずくめの男達は全部で8人
議員派お抱えの汚れ仕事専門の冒険者崩れ。工作員だ。
衝撃を加え続けている2人以外は同僚達を見張るものと、研究施設の入り口を見張るもので二手に分かれている。
魔法を放っている男2人が研究員として議会から選ばれたと言う設定でスパイとして潜り込み、今日まで隙を窺っていた。
前の月にデイジーがエルダに会いに魔法学校へ行くのを見て使えると思ったのだ。
今日の修了式の来賓はずっと前から決まっていたことで、襲撃計画を練るのは容易かった。
「おい!もう埒があかねぇ!一番強い魔法で行くぞ!お前何が得意なんだ!」
「ええ〜。それは流石にまずい気がしてきましたよ〜」
「いいから!放て! せーーーーーの!」
2人が出鱈目な魔法を放ったその刹那、鉱石が眩い光を放ち、天高く昇っていく。
光は屋根を突き破っている
「やべぇ!!集めろ!」
「集めろって言ったって吸い込みませんよ〜これ〜」
ヒョロヒョロがくねくねしながら泣きそうになっている。
手には透明な石を持っている
「お前がそれなら吸い込むって言ったんだろ!」
ヒョロヒョロはこの日のために他国から魔石を取り寄せておいたのだ。
「めちゃくちゃ高かったんですよ〜これ。全然吸い込まないじゃないですか〜」
「なんだよそれ!失敗したらどうなるかわかんねぇぞ!俺たち」
もたもたしているその時だった、入り口から凄まじい音がする。
ドッと言う音と共に研究施設の正面扉が粉々に吹き飛ぶ。
炎の塊が入り口脇に隠れている工作員を壁ごと仕留めていく。
風の魔力を纏い、風そのもののように滑らかに猛烈な速度で動くその人影は、ほんの数秒で室内にいた黒ずくめの男たちを次々と床に叩き伏せていく。
黒ずくめは全員ズタズタだ
「みんな!大丈夫!?」
デイジーが叫ぶ
口を縛られて声は出ないが皆、命はあるようだ。
よかった
と心からそう思いたいところだがデイジーの血の気が一気に引いていく。
心臓の鼓動がはち切れそうに早い
魔物がくる
先ほどの放出された魔力はどれくらいのものだったろう。
どんな魔物が来るかわからない
デイジーは震える手を自身の体に打ち付けて止めようとする。
いっそ辺境の村に鉱石を持ち出すか
いやいやだめだ。それではガーランド達の迷惑になる。
私一人で王都から出るか?
出てどうするのだ、どこへ行っても近くに街や村は必ずある。
だだっ広い平野などカルと辺境の街の間くらいだ。
あそこまで何日かかるのだ
それに平原でひとりどう戦えと言うのだ
蛇や巨人ならまだしも、魔人がくるかもしれない。
森でも山でも同じだ
戦う想像ができない
地理的有利が唯一あるここミドガルディスの防壁を使って迎え撃つしかない。
魔人が来ても大弓と魔法で撃ち落とすしかない。
市民を避難させ、議会に頼んで最高戦力で戦うしかない。
人手が足りない
急がねば
一瞬でそう判断した
「ごめんなさい。あとはお願いしますね」
そう言い残し、デイジーは議会へと駆けていった。




